novel

□生まれる感情
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人の生き死になんてどうでもよかった。俺は強い、それを貫き通すためなら相手の命なんて惜しまない。勿論、自分の命だって。命ということに無頓着、というよりは、どうでもいい、が正しいかもしれない。それほどに『強さ』への執着があった。
元より一部の感情の欠落もある。よくみんなが言う『好き』とか『悲しい』とか『怖い』とか『腹立たしい』などといった感情がよくわからなかった。だからこそ命に無頓着だった。命を奪って感じるのは憐憫でも懺悔でもない、ただただ己を満たす悦楽だけだ。命を奪えば奪うほどに強くなる自己陶酔を止めずにはいられない。己を満たすのは己の力だけ、それだけでよかったのだ。それだけで…。

生まれて初めて『好き』という感情を知った。
初めは『好き』という感情に、これが『好き』という感情だと気づくことは出来なかった。何せ今まで抱かなかった感情、『好き』がどんなものなのか皆目見当がつかない。
初めは体調が悪くなったのかと思った。胸がひたすら苦しくて、何をするのも何を考えるにも億劫で、とにもかくにも遣る瀬無い。こんなことは初めてだ、一体どうしたものかとベッドでごろごろしている時だった。高杉が部屋に来ないかと言うので、好奇心で部屋に遊びに行って晩酌をした。

高杉と一緒にいるのは心地いい、俺と似ているところがあるからだろうか。誰かと一緒にいて落ち着くのは高杉が初めてだし、誰かと一緒にいて楽しいと思うのも高杉が初めてだ。殺したい、とは思う。けど、それも最近はどうも薄れつつある自分に少し戸惑っている。高杉は魅力的だ、だからこそ殺すに値する生き物なのにどうしてだろう、何故かコイツを殺してしまうと、何とも言いようのない虚無感に襲われそうで、どうやら俺は高杉を殺すことをいささか拒んでいるらしいが、その理由が最近わかった。これはもしかして世に言う『好き』というものではないかと。幸い俺は今高杉に借りを返している立場、今ならこんな自分自身に何とでも言い訳できる。
でもいつかは、借りを返して対峙する時が来る。その時、俺は何の躊躇いもなく高杉と殺り合うことが出来るのだろうか。そんなこと、出来るのだろうか…。


「おい、俺を目の前にして他のこと考えるたァいい根性してやがるなァ」


高杉の言葉で初めて意識がどこかへ行ってしまっていたことに気が付き、慌てて高杉の右目を見る。何を考えているかわからない右目を。高杉の右目は俺のことをどう映して、高杉の心は俺のことをどう思っているのだろうか?都合のいい遊び相手としか思ってないのだろうか。高杉の手は俺の三つ編みを結う紐を解き、俺の長い髪を散らせて遊んでいる。
ねぇ、高杉は俺とこうして一緒にいたり、一緒に寝たりすることを誘うけど、俺のことどう思ってるの?『好き』って言葉、高杉から聞いたことなんて一度もないけど、高杉は俺のことどう思ってくれてるの?そんなことを思いながらじっと高杉の右目を見つめていると勢いよく畳に押し倒された。


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