novel
□ごっこ遊び
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肌寒い朝、神威は初めて高杉よりも早く目を覚ました。ぼんやりとした視界に映るのは、いつも自分の寝顔を優しく見つめていてくれた端正な顔立ちの彼ではなく、様々な木目がうようよと並ぶ天井だ。欠伸を一つしてから相手が眠る方へ寝返りをうつと、昨日の情事を思い出させる鈍痛が腰を襲った。「いてっ」と呟きながら腰をさすり、規則正しい寝息を立てる相手を見つめる。いつもの威圧感が一切感じられないその寝顔に思わず頬を緩ませそっと髪を撫でると、さらさらと前髪が流れ左目を覆う白い包帯が露になった。
―晋助の左目って見たことないな…
出会った日から波長が合うのでお互いがお互いのことを何も語らずに過ごし今日に至ったわけであるからして、未だ左目を包帯で覆う理由を神威は知らないでいた。戦闘中に出来てしまった傷跡を隠しているのだろうと今まで適当に流してきたが、本当のところはどうなのだろうか。そもそも左目だけではなく、神威は高杉についてほとんど謎に包まれたまま過ごして来ている。知っていることと言えば『名前は高杉晋助(一応漢字も教えてもらった)、サムライってやつ、キヘイタイとかいうのの頭』だけである。きっと高杉も神威に関する情報は『名前は神威、夜兎という種族、春雨第七師団の団長』くらいしか知らないだろう。
肉体関係にまでもつれ込んでしまった者達が、互いのことをここまで知らないというのは果たしていいことなのだろうか?互いに『好き』という感情がなければ、わざわざ男同士でこんなことをすることはないだろうけども、それにしても自分たちはお互いの感情や思考はよく知っていても根本的なことを知らなさ過ぎる。
「俺、もうちょっと晋助のこと知った方がいいのかナ?」
ポツリと呟くと、未だすやすやと眠る相手の枕元に置いてある煙管へと重い腰に鞭打ちながらうつ伏せになって手を伸ばす。やっとの思いで手にした煙管を天井へ向けてじっくりと見る。高杉はよくこれを口にしているが、これは何のために口にするのだろうか?高杉が口にすると先端からは白い煙がぷかぷかと浮かんでくる。その煙を吸ってみるといつも不思議な匂いがするが、高杉はその煙を吸っているのだろうか?吸うと味はするのだろうか?それは美味しいのだろうか?様々な疑問が生まれ、物は試しと今は刻み煙草が火皿に入っていない空っぽ状態の煙管を口にしてみた。
―…晋助の味がする。
口にした煙管からは、残り香が神威の口内を満たし、高杉との口付けを彷彿とさせた。初めての煙管(と言ってもただくわえただけ)の感想は「悪くない」で決まった。少しだけ、高杉のことを知れたような気がした神威は小さく笑みを浮かべ、もう少し高杉に近づいてみようと辺りを見渡す。
目に付いたのは畳の上に脱ぎ散らかされた紫色の着物。いつも自分が着ている服とは異なった形をしているあの服は一体どんな着心地なのだろうか?とりあえず着てみようとするも、流石に手を伸ばしても届かない位置にあるため、煙管を手にしたまま布団からそっと抜け出して立ち上がり高杉の服を手にする。腕を袖に通して紫色の着物を羽織り、曖昧な記憶を辿って群青色の帯を巻いた。
「随分とすーすーするなァ…」
着慣れないそれに違和感を覚えるも、高杉が着ている着物を着るということについての感想も「悪くない」で決まった。普段相手が着ている物を自分が着ていると思うと、なんだか可笑しくて自然と笑みが零れた。手にしたままの煙管を口にする。
「うん、大分高杉のことがわかってきた」
そして鏡に映る自分の姿を見て、肝心なことを忘れていることに気が付く。高杉調べを始めたきっかけでもある左目、それを隠していないではないか。神威はすぐさま、普段自分が日避けの為に使っていた包帯を脱ぎ散らかしたズボンのポケットから取り出し、左目を隠すようにぐるぐると巻いていく。
包帯を巻き終えて部屋を見渡す。やはり目を一つ封印すると視野が狭まるものだ。
「晋助はこんな風に世界を見渡してるんだネ」
またまた高杉に一歩近づけたことに満足げに笑みを浮かべると煙管を口にしながら、まだ何か高杉を知る要素はないかと部屋をぽてぽて歩いていると背後から聞き慣れた低い声が響く。