□かなしまないで
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ある女がいた。一般家庭で生まれた彼女は平々凡々な人生をおくる。平均的な学校に通い、普通の会社にはいった。ただ友人はいたがそれはいつも同世代か年上だ。年下には一言二言しか話さない。

結婚の話はなかった。そもそも彼氏を作らない。友人は尋ねた。

「私は……私のことで悲しませないって決めたの」

だから長生きするの。皆の葬式にはちゃんと参加するね。彼女はそう言った。友人はまたまたー と笑いあった。

しばらく経ち、彼女の家は1人きりになった。まだ彼女の友人知人は生きている。親戚とは距離をとった。静寂が支配する家は少し寂しいものだった。

「そうだ。猫を飼いましょう」

まだ死ぬような年でもない。彼女を悲しむものはいる。健康に気を使った。友人とは時たまあったし旅行などもする。人生を謳歌しているだろう。

「大丈夫よ。貴方のこともちゃんと看取ってあげる」

猫はただにゃあと鳴いた。彼女は愛しそうになでた。手にはもう張りはない。思い出を重ねた線が刻まれている。

友人も知人もいなくなり、外へでる機会も減っていった。充分涙を流しただろう。彼女は黒い服と別れを告げた。思い出深いものを残し家を軽くする。猫は足を引きずりながらと広くなった家を歩いた。彼女は猫を抱き抱えて微笑む。

「貴方といるだけであたたかいわ」

ある日彼女は力なく倒れた。猫が回りを心配するかのように歩いている。彼女は涙を流した。待って待ってと口から言葉が紡がれる。

「私、今空へ行ってしまったら貴方を悲しませてしまう。そんなの嫌よ。駄目よ。もう少しもう少し」

猫に触れる。暖かさが手から全身へと伝わってきた。思い出が彼女に降り積もる。彼女の人生は彼女からすればどうだったのだろうか。猫は撫でるのをやめた手を名残惜しそうに体を擦り付けた。にゃあと室内に鳴き声がこだまする。

猫は横たわり、満足気に眠りについた。




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