リクエストのやつ

□其の罪を悪んで 其の人を悪まず
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夢を、見た。
馬鹿な夢だった。でも不快では無かった。
夢の中の俺は、笑っていた。現実の俺には到底触れられない存在の隣で、幸せに笑っていた。
唇を重ねて、笑っていた。


目を醒ませば、それは自分の夢であり夢であったと知る。
それなのに、触れた唇には感触が残っている気すらして。

「馬鹿みたい――…」

そうぼやいたら、涙が溢れそうになった。

叶わないのに、何を考えてるの?
夢の中だけ傍にいても、虚しいだけなのに?

シズちゃん。
俺は君を嫌いになりたいんだ。君が俺を嫌うくらい、大嫌いになりたいんだ。
…だから、俺を解放して――



「ちょっと…仕事しなさいよ」

自分の部下である波江の声に、臨也はソファに座りながら膝に埋めていた顔を上げた。
波江の声は刺々しいものの、その表情は無に等しい。

「いいじゃん、たまには。
ていうか、君の上司がテンション低いんだよ?もうちょっと心配してよ」

「私が貴方に干渉する義務は無いもの」

無感情に近い表情は、心配されるよりも馬鹿にされるよりもよっぽど楽だ。
冗談のようにそんな会話を交わしてから、臨也は俯いた。
再び書類整理を始めた波江を見ることはせず、臨也は静かに口を開く。

「ね、波江さんならどうする?」

「は?」

彼女の意識が此方に向いたのを確認して、臨也は静かに話し出した。
その頭の中は、ぐちゃぐちゃのままで熱く煮えたぎっていたのだけれど。

「もし、誠二くんが自分の事を大嫌いで、死ねばいいと思っていて…自分の好意は迷惑だと分かってて、叶わないと分かってて…
なのに、どんなに足掻いても嫌いになれなかったら――波江さんはどうする?」

臨也の、波江の愛して愛して愛してやまないほど愛している誠二を絡めた問い掛けに、波江は僅かにその顔に思案の色を浮かべ、すぐに笑みを浮かべた。

「そんなの、愛し続ければ良いじゃない。
私が誠二を諦められないなら、諦めなければいいのよ。大嫌いと言われようと、死ねと言われようと。
愛しているんだもの」

しれっと答えられた言葉に、臨也は苦笑を溢した。

「…波江さんに訊いたのが間違いだった」

「訊いてきたのは貴方よ」

眉根に寄った皺に嫌悪を覗かせながら、波江は再び書類整理を始めた。


彼女くらい純粋に誰かを愛せたら、きっと苦労はしない。…確かに大分歪んではいるけれど。

でも、好きだから愛して良いなんて仲じゃ無いんだよ。
男同士。犬猿の仲。正に呉越同舟だった高校時代。

「馬鹿シズちゃん…」

馬鹿と言った数だけ、嫌いになれればいいのに。




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