リクエストのやつ
□不倶戴天
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その足が止められた。それも、横から伸びてきた腕に。
はっとしてそちらを見れば、そこには。
「シズちゃん…?」
「平和島静雄…!?」
2種の驚きの声が漏れた。
その頃には学校でもすっかり有名になっていた静雄を恐れたのだろう、男子生徒の声は僅かに上擦る。
静雄は、男子生徒の足を掴んだまま軽々と腕を振り上げた。
流石に手首を離され尻餅をつき無様な男子生徒の行方を見れば、男子生徒は片手で持ち上げられ宙吊りにされた挙句、そのまま数メートル先に投げ飛ばされていた。
…そんなことより。
「…シズちゃん?」
「あ!?」
尻餅をついたままきょとんとしている臨也へ、静雄は苛立ちを孕んだ視線を向けた。
しかし、その手を差し出してくる。
相も変わらず目を丸くする臨也に更に苛立ったのか、手首を掴まれて無理矢理立たされた。
「早く立てってんだよ…!
ったく、手前先に帰った挙げ句、何蹴られそうになってんだっていうんだよ」
「いきなり捕まったんだもん、仕方ないだろ、振りほどけないしー」
何でもないように言えば、静雄は歯軋りする。
そして、視線を逸らしたまま言った。
「手前は細いから力無いんだよ。俺と喧嘩してぇなら、もっと食え。痩せすぎで死ぬぞ」
「…は?わけわかんないし」
「あ゛あ!?」
臨也の言葉に、静雄の額に漫画のごとく血管が浮かび、怒らせたことは一目瞭然となる。
ははは、と哄笑をあげながら逃げるように走り出したのだけれど。
本当は、動揺していた。
シズちゃんが俺を助けてくれた?
喧嘩したいなら食え、なんて、喧嘩していていい、ってこと?
いつもは散々物を投げたり殴ってきたりするくせに、助けるの?
ノミ蟲なんて言うくせに、然り気無く健康の心配もしちゃうの?
喧嘩は嫌なんじゃないの?
そんなことをぐるぐるグルグル考えるようになってしまい、
気がつけばそれが特別な感情になっていた。
知りたい。その言葉の意味を。
でも、怖い。俺の独り善がりだったら、知りたくない。
胸がぎゅうっと苦しくなって、ひとつひとつの言動に一喜一憂させられて、気がつけば目で追っていて。
これが、恋ってやつなのだ。
今思えば、彼に興味を持った瞬間から俺は惹かれていたのだと思う。恋と言うのは、酷く単純だ。
…でも、好き、なんて言えなかった。
度々彼の口から紡がれる『大嫌い』の言葉。
喧嘩相手以上がなければ以下もない仲。
そんな関係で、誰が愚かにもそんな言葉を口に出来ただろう。
普段は潤滑油すらついているのでは、と言うくらいクルクルペラペラ動く口は、色恋にはとんと縁がないらしい。
見事に何も打ち明けられず苦しい胸を抱えたまま、卒業まで来てしまった。
だったらいっそのこと、助ける情けすら湧かないくらい、痩せ細って死ねと思われるくらい、嫌われれば良い。
恨むべき相手として彼の中に存在していられるなら。
俺が、彼を敵として見ることが出来るようになれば。
――そう思って、やはり酷いとは思ったが、色々の罪を擦り付けて彼の元を離れた。
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