15万打リクエスト

□道化師は殺された
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静雄はそれを知りながらも首を横に振ると、臨也の隣に腰を下ろす。
黙々とパンを口に運ぶ臨也を見つめながら、静雄は口を開いた。

「何で俺じゃ駄目なんだよ」

今までに幾度となく尋ねられたその言葉に、臨也はまた始まったと言わんばかりに溜め息を溢す。
口休めに温くなったコーヒーを啜りそれを机に置くと、臨也は冷めきった声で決まった答えを返した。

「シズちゃんは俺の恋愛対象じゃないんだよ。喧嘩相手。以前に同性。分かってる?君は異常なんだよ?」

「でも、手前が好きだ」

話が噛み合ってないの、いい加減に気付いてよ。苛立たしげに言った臨也は、首から伸びる鎖を忌々しげに掴んだ。
鎖が付いていては、動ける範囲は決まっている。ナイフも携帯電話も取られた今、誰も助けになんか来てくれるはずもない。
自分がいかに身軽さとナイフの殺傷力に頼っていたか嫌でも身に染みて、抵抗は早々に諦めた。

「…シズちゃんは、間違ってるよ。愛すべきなのは俺じゃない。俺が愛すべきなのも、シズちゃんじゃない。
なのに、監禁なんかしてどうするの?そんなに惨めになりたいの?」

そんな臨也の言葉を、静雄は何処か寒々と聞き流す。
もう、同じような台詞を何遍も耳にした。でも、それは半ばどうでもいい言葉に聞き慣らされていた。
好き。愛している。手離したくない。傍にいてほしい。自分のものにしたい。
そう思うのは悪いことなのだろうか。愛しいと思うが故の行為だと言うのに、何が悪いのだろうか。分からない。

「…そんなに俺が嫌いか」

「――嫌いだよ。大嫌いだ。もう何度も言ってるだろ、記憶力も無いの?そっか、仕方無いよね、脳味噌も筋肉なんだから」

嘲笑すら浮かべて言った臨也を、静雄は無言で見つめた。
そんな様子の静雄を見やった臨也は、段々と表情を歪めていく。――恐怖と切迫の入り混じったような、困惑した色に。
僅かに震える声で、臨也は低く呟く。

「…シズちゃんじゃないよ、こんなの。俺が挑発すればすぐに乗ってくるのが平和島静雄だろ?」

反論もせずに臨也をじっと見つめる姿は、高校生の頃の彼とはぶれて重ならない。
確かに見た目は同じなのに、此処に閉じ込められた日から、まるで中身だけが入れ替わったように人が変わってしまった。

「なのに、怒りもしないで馬鹿の一つ覚えみたいに毎日同じこと言ってくるなんて…そんなのシズちゃんじゃ無いだろ!?」

好きだ、愛してる、俺じゃ駄目か、毎日そんな言葉の繰り返し。
怖かった。ただ純粋に、静雄という語彙の少ない腕力だけの人間が吐く言葉が。

息も荒く怒鳴った臨也を、静雄は何処か虚しく見つめていた。
彼を知っている人間なら、明らかに異常だと顔を青くさせる程に、苛立ちなど微塵も含まれていない表情。
そんな表情に、臨也は眉をしかめる。


「手前は、俺だけを愛していれば良いんだよ――」


静かに、囁くように紡がれた言葉。ともすれば、甘ったるい口説き文句。
…しかし、そんな意味合いは一寸たりとも込められていない。
ただ、一方的な愛情表現。

静雄の腕が、臨也をベッドへ押し倒した。錆びかけたスプリングがキシリと悲鳴をあげるも、最早静雄の耳には届いていない。


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