15万打リクエスト

□彩色パズル
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「私、もう帰りたいんだけど。
戸締まりを頼まれてるから、早く出てもらえると有り難いわ」

「あ、ああ…すまねぇ」

静雄は動揺を隠せないままそう言って、事務所を出た。
何処へ目を向けても、その黒い姿は無い。携帯を取り出しかけて、やめた。
下唇を噛んで、池袋へ戻るために歩きだす。


『貴方に会いたくないとか何とか言ってたわよ。』

頭の中で反芻する、女の声。
嘘だろ、そう叫んで、臨也を問い質せたら、それこそ楽だったのではないだろうか。
…否、それも平常心を保てる自信が無いけれど。

だって。
信じたくない。

もしも。もしもの話。
俺とこの関係を続けるのが嫌で、臨也は姿を眩まして、事務所に来るであろう俺に部下伝いで別れを切り出そうとしていたのなら?
…ずき、と胸を針で刺されたような痛みが過った。

信じたくない。
なのに、嫌なほどに静雄の中でその事実は勝手に形を作っていく。振り払おうにも、心中の思いなど逃れようがない。
酷く重苦しく感じる足を叱咤しながら、静雄は一人きりのまま歩いた。




そして、それから1週間。
静雄は仕事で、いつものように池袋に出ていた。
テレクラの代金の振込を促し、聞き分けの無い奴は軽く絞めて、それが終わって家に帰っている。
――池袋は、変わらない。静雄の記憶が定かな頃から、ずっと。
…それでも今、この街が何処か冷めたものに感じられるのは、漆黒の姿が無いから。
後輩にあたるヴァローナに、1ヶ月前から異常だ、と堅苦しい日本語で言われた時に気がついた。

臨也の行方も、真意もわからないまま。
だからこそ怖くて、だからこそ切ない。
真っ暗な場所に独り放り出されたような孤独感と虚無が静雄を包んだまま、離してくれないでいる。

家に着き階段を登り、玄関に辿り着いた時だった。

「――」

静雄は立ち止まる。
玄関先。
世界から浮いたような黒い姿を見つけたから。
その影のような、でも確かに存在している彼の顔が此方に気がつき、ぱぁ、と彩りを増した。

「シズちゃん!!」

「臨也…」

動けないでいる静雄に、臨也から走り寄って来ると静雄に抱きついた。
その腕は優しくて相変わらず細くて、鼻先にある黒髪からは嗅ぎ慣れた彼の匂いが香る。

1ヶ月、何をしてたんだよ。
何処に行ってたんだよ。
どうして何も言わずに消えたんだよ。
どうして。どうして。
尋ねたいことは沢山あった。
なのに、どの言葉も紡げないまま出たのは、彼の腕と似つかない腕。
差し出した腕で、その細い腰を抱き寄せた。

「馬鹿だろ…手前」

「酷いな、シズちゃんのが馬鹿だよ」

1ヶ月分の穴を埋めるかのごとく、静雄は臨也を強く抱き寄せた。



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