30万打小説

□色恋ジレンマ
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「今日は喧嘩しないのか?」

門田の台詞に、静雄は素直に頷いた。感情が露呈して複雑な表情でもしていたのか、何も詮索はされなかったけれど。
それよりも、臨也の方も様子が違った。いつもは静雄から絡まずとも臨也が何かしら挑発をしてくるくせに、今日に限って大人しい。
…否、勿論この方がいいに決まっているけれど、ただいつもと違うから気になるだけで。

「喧嘩してないのは平和だけど、それはそれで落ち着かないな」

苦笑混じりに言った門田に、他人事だと思って、と言ってやりたくなりながら、静雄は気付けば目で追っていた臨也から視線を逸らした。


そんな、いつもより穏便に過ぎる体育の授業。それもあと五分程で終わるという時。

「折原って男にしては綺麗だよな」

用具の片付けの最中、不意にそんな会話が耳に届いた。思わず目を向ければ、同じクラスの男子二人で。
鼓動が勝手に早まる。けれど、そんなことを気にかけていられる心情ではなかった。ただ、軽く交わされるその会話の続きが気になって仕方がない。
そんな静雄を知るはずもなく、二人は会話を続ける。

「それは分かるな。顔も綺麗だし細いし、男にしとくの勿体ないって言うか」

「じゃあ告ればいいだろっ」

「だから、それは女だったらの話だっつうの!…いや、でも折原ならありかもな」

ケラケラとふざけた笑い声が響くが、静雄の耳には入って抜けていた。
そう。誰が聞いても、冗談半分の会話だ。臨也が綺麗だというのは事実だとしても、実際に告白なんてすることはないだろう。
そういうことだ。だから、俺が何を考える必要もない。
ない、のに。

胸が苦しい。呼吸まで苦しくなる。
臨也にとって、あいつらなんて人間にすぎない。愛する人間の端くれだ。だから、彼の中で怪物として君臨している自分が誰がどうだと悩むのはお門違いというものだろう。
…でも。いや、だからこそ。
臨也は、俺だけを追いかけているべきだ。俺だけを追いかけてほしい。

胸の靄が、無理矢理払われる。
現れた苦しい暖かい感情は、まるで絵の具をぶちまけられたみたいに一瞬で別の色に隠される。
嫉妬。独占欲。真っ黒な感情が淡い色を塗り潰し、その明るさを一層際立たせて、
静雄を押した。


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