30万打小説

□色恋ジレンマ
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「また間抜けな顔して、何考えてるの?」

ああ、意味が分からない。

「暇人なんだね、羨ましいよ」

どうして、と唸るが、自分の中から答えが出るとも思えない。
けれど、おかしい。絶対に何かの間違いだ。多分、走り回るせいだ。そうじゃないとありえない。

「馬鹿じゃないの?可哀想な頭!」

ノミ蟲に、ドキドキするなんて!



空は憎いほどの晴天。
その下、来神学園には、今日も怒声が谺する。

「いぃぃざぁやぁあああ!!」

「煩いな、だから脳味噌まで筋肉って言われるんだよ!」

「そんなこと手前しか言わねぇ!!」

静雄は苛立ちに任せて怒鳴ると、手に持つ机を降り下ろす。授業中の静かな廊下を野球ボールの如く飛んだ机は、臨也に避けられ壁を失い、激しい音を立てて廊下を滑った。
本来はその上で作業されるのが仕事なはずなのに、静雄の武器として機能する机。
それを再び拾い担ぎ上げれば、机だってシズちゃんの武器として最期を迎えるなんて不運だね、と遠くの臨也が腹の立つ笑みを浮かべて言う。勿論、それに簡単に煽られ、静雄は奥歯を噛み締めてその背を仕留めるために全速力で追いかけた。

行き止まりに辿り着き、臨也と対峙する。臨也の顔には、僅かに焦燥が滲んでいた。
確かに、ここまで追い詰めたのは久しぶりだ。大抵はここに辿り着くまでに取り逃がしたり、門田や新羅に止められたりが殆どだった。今日は授業するクラスのない棟まで来てしまったからだろう。

「もう逃げられないな、臨也くんよォ」

「何戯言言ってるの?ふざけるのも大概にしなよ」

臨也のナイフが此方へ標準を合わせる。本当に面倒臭い。喧嘩なんか嫌いなのに、何でこいつは。
静雄は、担いだ机をそのままに、ぐっと間合いを詰めた。臨也のナイフが薙いで、静雄のシャツを切り裂く。
静雄は空いた片手でその腕を掴んだ。臨也の顔が、しまった、と言うように歪み。
もらった。静雄は、机を降り下ろそうとし――

ぴたり、と止まった。
腕が動かない。降り下ろしかけた机に目を見開いていた臨也も、静雄のその異変に気がつく。
まずい。そう思い、静雄は臨也すれすれに机を降り下ろした。がぁん、と激しい音が、静かな廊下に谺して消える。
臨也と目を合わせることもないまま手を離し踵を返すと、半ば苦し紛れに一言口を開いた。

「飽きた」

「…は?」

そのまま、静雄は歩き去った。

自分のことなのに、訳が分からない。
殺したくて堪らないくらい恨みに恨んでいる相手なのに、どうして腕が止まったんだ。あの時なら、間違いなく臨也に当たっていたのに。懲らしめてやれたのに。
――ただ、あの瞬間確かに、背筋にさわりとした感覚が過った。そして、殴ってやれとがなる脳に対して、嫌だと叫ぶ心があった。

今までの自分が壊れていくような気がして怖い。
自分の感情なのにあまりにも信じられなくて、理解を拒むことしかできない自分がいる。
本当に、ムカつく。どうしてこんなにも、ノミ蟲ごときに感情を左右されなければならないんだ。
…だったらきっと、臨也と絡まないのが最善だ。自ら迷いの森へ足を踏み入れる愚者にはなりたくない。
キリキリと、胸が痛んだ。



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