30万打小説

□憂いたシンデレラ
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「シーズちゃん」

カラカラとゆっくりと扉が開かれた音と共に入ってきた声に、静雄は振り返る。

「だから、学校でシズちゃんって呼ぶなって言ってるだろ」

「大丈夫だよ、それくらい。
――っていうか、二人きり、だしね」

静雄に歩み寄った黒髪の眉目秀麗な少年は、年齢に不相応なほどに色香を漂わせてニコリと笑った。



「だってさ、今時普通だよ?親しい先生を呼びすてとかニックネームとか」

「確かにそうだけどよ…
まず、教師と生徒の上下関係を分かってねぇだろ。教師にも威厳ってものがあるんだよ。これだから最近の学生は」

「シズちゃん、それお爺さんみたい。大体、シズちゃんに教師の威厳なんて元からあったの?」

臨也は、自らが通う高校の教師である静雄に言った。彼は納得いかなさそうに唸り、臨也を睨みながら煙草を吹かす。舞い上がる紫煙に、校内では禁煙、と言ってやろうとしたが、やめた。
臨也も、何だかんだ静雄の煙草を吸う姿が好きだからだ。年齢差も相まって、憧れや愛しさで一層想いは強くなる。
そんな姿をぼんやりと眺めていれば、静雄は不意に煙草の火種を消した。
…そして。

「……ん、」

唐突に静雄は、唇を重ねた。
臨也は抵抗することなく、寧ろ求めるように、瞼を閉ざす。
少なくとも、そこに感じる愛情に偽りは無かった。
――例え、この関係があるべきでは無いものだとしても。

臨也と静雄は、生徒と教師という間柄でありながら、恋愛関係にある。
勿論、生徒と教師の恋など、法度に決まっている。けれど、付き合っているのだ。
ばれないように、毎日会うのは殆ど使われない準備室。
勿論、大っぴらに出来ることではない。それでも嬉しいだなんて、我ながら健気だと思う。

「…シズちゃんの方が、よっぽどバレるようなことしてる」

「…二人きり、なんだろ?」

静雄の言葉に、臨也は思わず抱きつく。柔らかな暖かい感触に意識をとろかせながら、瞼を閉ざした。
――シズちゃんは俺の恋人。だから、俺を好きでいてくれる。…いてくれる、?

「シズちゃん」

呼びかければ、何だ、という返事と共に、静雄の手が臨也の頭を撫でた。
どきり。どきり。ああ、きっと不安を見透かされている。この、馬鹿げた不安を。

「…何もない」

「…何でも言えよ。仮にも先生なんだから、頼りにしろ」

ありがとう、と呟いて、額を静雄の胸に擦り付けた。髪がぐしゃぐしゃになるのも構わない。構っていられない。

きっと、こんなに不安なのは俺だけだ。
好きになったのは俺から。だから余計に、不安になる。
シズちゃんは女子生徒にモテる。不器用で粗暴なのに、女子には優しい。しかもそれが拙くて一生懸命で、図体はでかいくせに母性本能をそそられるとか何とか、耳にしたことがある。
シズちゃんだって、男なら女を求めるのが普通だ。俺はシズちゃんが好きだから、この上なく好きだから、シズちゃん以外見られないけれど。
だからこそ、シズちゃんが女子生徒といることが、酷く自然に見えてしまう自分がいる。
もし、自分が女だったなら。そう思うのが常となった自分がいる。
俺以外誰とも話さないで。俺以外誰も見ないで。そう思ってしまう醜い自分がいる。
そんなドロドロとした感情が露呈してしまうのが怖いのだ。知られて嫌われてしまったら、と思えば、頼れるはずがない。

大丈夫、シズちゃんは俺を見ていてくれるよ。大事にしてくれるよ。今だって、こうして抱き締めてくれているじゃないか。

唇を噛み締めた。



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