30万打小説

□その水よりも純粋な、
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「…シズちゃんのせいだ」

「ったく、五月蝿ぇな!今までサボってた手前が悪いんだろ!!」

静雄のぶっきらぼうな物言いに、臨也はいつにも増して苛立ちを覚えながら、彼を睨み付けた。


というのも、昨日の放課後。いつものように、校舎内を走り回っていた。
喧嘩は好きではない、寧ろ面倒臭いが、静雄との繋がりは喧嘩だけ。だったら喧嘩をするしかない。
そんな、半ば惨めな理由で、戦争紛いの喧嘩をしていた時のこと。
静雄に追いかけられながら、全速力で廊下を曲がった時だった。

があん、と頭に酷い痛みが走る。思わず倒れ込んだ臨也が、何事かと確認すれば。

「折原!廊下を走るなって言っているだろうが!!」

相手は、運悪く体育教師だった。しかも残念なことに被害を被ったのは臨也だけらしい。教師の手には、いびつに歪んだ出席簿が握られていた。
一瞬でも立ち止まれば当たり前に静雄にも追い付かれ、そのまま二人して説教を受けた挙句。

「折原、お前はプールずっと休んでるだろ。明日の補習に来なかったら、体育が欠点になるからな」

…とまで、言われてしまった。
体育で欠点など、あほらしいにも程がある。第一、面倒臭いこと他ならないじゃないか。妹二人にも、お兄ちゃんダサい、だとか嘲笑われるのだろう。
…そして、仕方なしに補習へ出ざるを得なくなったわけだ。


「シズちゃんがあんなところで俺を追いかけなければ良かったんだよ。本当、死んでくれないかな」

「あ゛あ!?手前がちょっかいかけるからだろうが、昨日のチンピラも手前の仕業なんだろ?」

「濡れ衣だね。証拠が何処にあるっていうのさ。シズちゃん自分の裏社会での知名度弁えなよ」

「別に俺は裏社会に名を馳せる真似をした覚えはねぇんだけどなぁ?」

「アッハハハ!シズちゃん、脳味噌は鶏なんだね、三歩で忘れるんだから。そんな真似した覚えがないって、どの口が」


「いい加減、昼飯に手をつけろ…」

臨也と静雄の堂々巡りな会話は、門田の声で遮られた。二人はふてぶてしい顔をしながら、それぞれの昼食に手をつける。
まるで動物みたいだ、と笑った新羅を睨めば、慣れている彼は止めてよもう、と唇をすぼめた。
しかし新羅は、直ぐに不思議そうな表情に切り替えると臨也を見やった。

「でも臨也、どうしてそんなにプール嫌いなんだい?泳げないとか?」

「…別に。泳げるよ。小学4年生で25メートル泳いだ覚えはある」

「4年生って、7年前だけど…そういえば、中学の時もプール入ってなかったね。どれだけ嫌いなのさ。
…あ、実はトラウマがあるとか?」

どきりとした。まさか言い当てられるとは思いもしなかったから。
しかし、新羅は当てずっぽうに言っている。此処で素直に打ち明けられる性格なら苦労はしない。

「違うよ。俺はプール嫌いなだけ。肌を出すのが嫌なの」

「何処の女子だい、君は」

ふん、と虚勢を張りつつも動揺に視線を揺らした時だった。
訝しげに此方を見る静雄と目が合った。思わず、直ぐに視線を逸らす。
見抜かれた?…否、違う。シズちゃんはそんなに他人の心情に敏感ではない。本当に泳げるか疑っているとでもいうところか。

「何、シズちゃん、その目は」

「手前が疑わしすぎるんだよ。溺れてても助けねぇからな、俺は。いっそ溺れて死ねよ」

「だから、大丈夫だって言ってるだろ。泳げるけど嫌いなの、キライ。日本語分かる?」

「だから!早く食べないと昼休み終わるぞ、二人とも!」

正に保護者と言うべく門田の言葉に、二人は漸く黙って食事に戻った。
別に、そんなに疑わなくたっていいじゃないか。俺だって毎日嘘を吐いている訳じゃないんだから。
普段の自分がどれほど真実と虚偽を入り混ぜた言葉を吐いているかは棚にあげて、臨也は苦しくなった胸に一人ごちた。



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