30万打小説

□唇からアダジオ
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ぱちりと目を開く。温かな体温に眠る前を思い出し見上げれば、静雄も座ったまま眠っていた。
身体を起こしカーテンの開けられたままの窓の外を窺えば、既に日は沈み、暗闇を電灯が照らしていた。
結局二時間ほど寝ていたらしい。まぁ二人とも寝ていたなら仕方ないか、と思い、欠伸をしながら静雄の隣に腰を下ろす。すぅすぅと安らかな寝息が、耳を擽った。
その頬に指を添わせれば落ち着いて、臨也はひとりで微笑む。

「シズちゃん、好きだよ」

俺は、口は動いても行動に移すのは苦手だから。だから、たくさん囁くよ。
俺からキスなんて、きっと出来ないんだろうなぁ、と苦笑する。相手が好きな人じゃなければ、別に躊躇わないんだけれど。好きな人ほどその意味は深くなるから、出来なくなってしまうのだ。

…と、静雄の瞼が上がった。添えられたままの臨也の手に、驚いて目を丸くする。そのお陰か完全に覚醒したらしく、静雄は顔を赤く染めた。

「…何だよ」

「ん、何でもないけど」

唸るような声に笑いながら、臨也がそのまま頬をつねってやると、手前、と恥ずかしそうな声があがった。
このまま反抗されると被害を被るのは自分だ。そう思い、手を離そうとすれば。

ぱしり、と高い音が響き、臨也の手は静雄の手に包まれた。
緊張しているのだろうか、静雄の手には力が籠っている。痛いよ、と言えば、焦ったように静雄の手が離された。
そのまま俯いた静雄の顔。覗き込めば、何か蟠ったような表情をしていて。

「どうしたの?」

「……」

黙り込む静雄。ねぇ、どうしたのさ。再び尋ねれば、静雄は顔を上げた。思いの外真剣な眼差しに射られ、どきりと胸が波打つ。
静雄はこくりと息を飲むと、突然臨也を抱き締めた。予想外のあまり、ひわあ、と変な声が漏れる。普段抱き締められることも無いため、鼓動が一層早まった。

「シズちゃん…!?」


「…好きだ」


低い声が、ポツリと囁いた言葉。
シズちゃんはこんなこと言わない。言われたことがない。これからも言わない。そんな思考のあまり、幻聴かとすら思った。
ドキドキと鼓動が煩い。馬鹿みたいに動揺している。

「…臨也?」

声をかけられてハッとした。此方を覗き込む静雄の顔も、そこはかとなく恥ずかしそうな色に染まっている。…多分、自分の顔も相当赤くなっているだろう。
それを隠すように静雄に抱きついて肩に顔を埋めれば、静雄は再び臨也を強く抱き寄せた。

「…不意打ちだ」

「正当な攻撃だろ」

「…普段こんなこと、言わないくせに」

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