30万打小説

□唇からアダジオ
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結局、喧嘩の後はいつもの流れで静雄の家に来る。
二人きりになれば口喧嘩に似たものはあっても喧嘩三昧というわけでなく、普通に会話できる。臨也にとって楽しみな時間のひとつであり、疲れたときにこの空間を求めてしまうことも多い。

「手前、仕事はいいのか?」

「うん、終わったから」

仕事をほっぽりだしてここまで来たりはしないよ、シズちゃんじゃないんだから。言えば、静雄は図星だと顔に滲ませながらも臨也を小突いた。
ああ、幸せだ。疲れも忘れてしまう。このまま眠ってしまいたい。
そんなことを思えば、瞼は段々と重くなる。会話をしながらも意識が揺らいで、言葉の咀嚼が遅くなっていく。そういえば、昨日は仕事に夢中になってろくに寝ていなかった。
そんな臨也に気がついた静雄は、慌てたように臨也を覗き見る。

「おい寝るなよ、会えたの一週間ぶりなのに、寝たら喋れねぇだろ!
――っ、いや、ごめん。手前が此処に来るときはいつも眠そうだもんな。無理して会いに来る必要もねぇのに。仕事お疲れ」

しゅん、としながらも笑って見せる静雄は可愛い。垂れ下がった耳と尻尾が見える気がした。
可愛いなんて本人に言ったら怒られるな。そう思いながら、何となく申し訳なくもなる。
静雄の肩に頭を凭れ、その掌を重ねた。

「ごめん、だってシズちゃんといると安心するから、来たくなるんだよ…ちょっと…30分でいいから、寝かせて」

「…仕方ねぇな。ほら、膝、枕にしていいから寝ろ」

「うん、ありがとう」

にこりと微笑んで、静雄の膝に頭を下ろした。温かい。静雄に身体を寄せて腰辺りに頭を埋めれば、此方を見下ろす静雄の顔が赤らんだ。
思わず笑みを溢し、小さく囁く。

「シズちゃん、大好き」

「……っ」

静雄の喉がひくりと動く。僅かに開きかけた唇は何かを紡ごうとしたけれど、再び閉ざされてしまった。
代わりに、臨也よりも一回り大きな手が、無造作に臨也の頭を撫で回した。髪がぐしゃぐしゃになってしまう。
もっと丁寧に撫でてよ。
あ?…手前はこれで充分だろうが。
恥ずかしさを紛らすように早口に言った静雄の掌は、臨也の髪をゆっくりとすく。
猫でも撫でてるみてぇだ。笑いながら言った静雄に、シズちゃんは犬みたい、と言おうとしたが微睡みが勝ち、ふにゃりと笑うことしか出来なかった。


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