30万打小説

□唇からアダジオ
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「臨也!」

突然の声が、臨也を呼び止める。
その粗暴でいて何処か嬉々とした声に、臨也は思わず頬を緩めながら振り返った。
雑踏からひとつ飛び出た金色が、此方にずんずんと歩んでくる。見慣れた彼の姿に、臨也はナイフを出した。

「シズちゃん。わざわざ迎えに来てくれたの?嬉しいなぁ」

「は?何寝惚けたこと言ってやがる、臨也くんよぉ」

静雄の手には美容室の立看板があった。広告以外の用途に喧嘩の武器があったなど、看板だって知るはずがない。
歩んできた静雄は、臨也を睨むように見つめる。その瞳を睨み返すように、するりとナイフを取り出した。

素直じゃないな、と思ってしまうのは、思えるだけの関係だから。
喧嘩という仲は崩れないまま、まるで付け足されたような言葉。

恋人同士、なのだ。
それも、ちゃんとした相思相愛の何処にでもあるようなカップル。
何処にでもいないような二人ですら、くっつけば極一般的なものになってしまうのだ。更におかしくなることは案外無かったりする。

…それにしても、こうして臨也の存在を嗅ぎ付け、隠しきれない嬉しさを滲ませて駆けてくる姿は、犬さながらだと思う。…本人に言えば、怒られそうだけれど。
――ただ、難点を言えば。

「もっと素直になればいいのに」

「…はぁ?ふざけたことぬかすな」

やっぱり、素直じゃないのだ。
別に、言葉にされないからと不満を漏らすわけではない。静雄からの愛情は言動の端々に感じられるから。
俺を見つけたときの嬉しそうな顔とか、喧嘩が嫌いだと言うわりに好戦的なところとか、急に花が咲いたみたいに嬉しそうに笑うところとか。
そんな彼が愛しくてたまらない。

「そんなに喧嘩したいならしようか。我慢できない子供なんだから」

「っ、てめええぇぇぇえ!!」

別に静雄が口下手なのは知っているから、愛の言葉を望んでるんじゃないけれど。
…ふと、ろくに好きだと言われたことが無いことに気がついた。


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