30万打小説

□水中花
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「ん、…ふ、ぁ…はふ……」

唇の隙間、水音が響く。混ざり合った唾液が臨也の唇を濡らし、艶かしく光った。
唇を離し、唾液を拭ってやる。臨也は荒い息を吐きながら、静雄にしなだれかかった。赤らんだ頬と潤んだ瞳は、嫌に色めかしい。
その色に誘われて再び唇を奪おうとすれば。

「やだ」

臨也は静雄の頬を押し退け、唇を尖らせて言った。
は、と思わず声をあげる。臨也はにこりと微笑んで、次までおあずけ、と静雄の唇をつついた。まるで、世に言う小悪魔みたいに。

臨也はまるで手におえない。その上、全く素が分からない。
別に、臨也が遠いわけではないのだと思う。思うだけだと言われたら、否定はできない。思うに、手を伸ばせば届く距離にいて、でも臨也の差し出した手しか取ることができない。そんな関係な気がする。
差し出された物しか見えない。差し出された物にしか触れられない。そう、まるで本心は硝子に囲まれた場所にあるみたいに。

「嫌だ。キスさせろ」

「だめ。絶対嫌。」

そんなことを言いながら、ぺろり、と唇を舐める臨也は誘っているようにしか見えない。――つい先刻までは、素直すぎるくらいだったのに。
そんな臨也に苛立って、無理矢理腕を捻りあげると唇を奪った。唇を割って舌を捩じ込めば、臨也はびくりと身体を震わせて肩をすくませる。それでも容赦なく貪った。

いつもこうだ。いきなり態度が変わる。素直だったと思えば小悪魔になったり、甘えんぼになったり、いきなり喧嘩腰になることもある。
故に、臨也は全く掴めない。追っても追っても、追い付かない。追い付いたと思っても、ひらりと掌を抜けていく。

「っもう、キスしないでって、言ったじゃんっ!」

息を切らす臨也を抱き締めれば、臨也は拗ねたように唇を尖らせて、静かになった。
――そんな臨也へ、静雄は問いかける。ずっと、心の奥底で蟠っていた言葉を。


「手前は、俺が本当に好きなのか?」


腕の中の臨也が固まる。え、何それ、と訝しげな声が尋ねた。
別に、臨也を疑いたいんじゃない。…でも、これだけころころと態度を変えられては、反応を楽しまれているだけな気がしてならないのだ。鈍い俺を弄んでいるような、そんな気がしてならない。
尤も、先に好きだと言ったのは俺からだった。俺だけが勝手に好きになっていたとしたら。そして、それを面白がられているのなら。
…臨也なら、あり得なくないように思えてしまって。

「…好きじゃないとでも、思ってるの?」

唸るような声が言った。静雄は肯定も否定も出来ないまま、いや、と曖昧に返事をする。
すると臨也は身体を離して、静雄を見上げた。綺麗な赤みがかった瞳に、静雄の顔が映る。

「何でそんなこと言うの」

「何でって、」

知ったら手前は、何て言う?笑うか?怒るか?呆れるか?
静雄が黙り込めば、臨也は唇を噛み締めた。そのまま俯いてしまう。

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