30万打小説

□水中花
1ページ/5ページ


「シズちゃーん」

聞き慣れた声に、静雄は振り返った。
雑踏の中、黒い影が此方へ手を振っている。黒い影、とは言っても、この街に住み着くデュラハンなんていう妖精ではなく、黒から覗いた顔や手は抜けるように白い。
静雄は顔が勝手に綻ぶのを感じながら、臨也に手を振り返した。

静雄は臨也と付き合っている。とは言っても、会った端から臨也が喧嘩を売ってきた場合、追いかけっこになるのだけれど。
そんなわけで、こうして臨也が挑発せずに此方に来るのは、中々珍しいのだ。
勿論、それをわざわざ喧嘩に発展させたいわけでもない静雄は、臨也が此方に来るのを待つ。臨也は嬉しそうに静雄の隣に走ってきた。

「仕事終わり?」

「ああ。手前は?」

「遊びに来た」

臨也は綺麗な顔に愛嬌たっぷりの笑みを乗せて、静雄を見上げた。二十歳を過ぎた大人の男にこの笑顔が似合ってしまう上に、これが自分の恋人だと思うと、何だか後ろめたくすら思える。
…いや、でも性格は手におえない。
そんな静雄を知ってか知らずか、臨也は笑みとともに口を開いた。

「シズちゃんの家、行きたい」

ふわり、と白い肌に赤みがさす。そんな臨也の手を取って、じゃあ行くか、と歩き出した。


.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ