30万打小説

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「またか。もう4日連続だな」

欠伸をしながら扉を開けた静雄へ、臨也は抱きつく。何だよ、と笑った静雄は、抱きついたままの臨也を抱えて、部屋へ招き入れた。
既に来慣れたこの場所は、まるで麻薬みたいだ。安らぎが欲しい。この場所にいたい。繰り返すごとに、そんな思いは膨れ上がり、臨也の意思を呑み込んでいく。

「そういや、手前の鳴いてるの、見たことないな」

静雄の言葉に、臨也は我に返った。
定位置になった静雄の膝の上。その居心地の良さは、何物にも代えがたい。
臨也は静雄の言葉に、否定も肯定もせずに肩に頭を預けた。
だって、恥ずかしいじゃないか。大の大人が、にゃあ、なんて言うのは。だからと普通に話せばばれてしまう。

「声くらい、聞かせてくれたっていいだろ。強情だな」

静雄はそう言って、臨也の首もとを撫でた。静雄には愛護の意しか含まれていないとは分かっているのに、頭はぼうっと熱くなる。
…ああもう、どうしてこんなに優しいんだ。甘いんだ。猫が羨ましいくらい。

「……にゃあ」

もう、鳴いてやらない。猫の真似だなんて、してやらない。
不貞腐れたような声で鳴いて、ぷいと顔を背けた臨也。
しかし、静雄の手が両頬を包み込み、無理矢理顔を合わせられた。距離の近さに、顔が一瞬で熱くなる。
静雄は、嬉しそうに笑った。

「可愛い声だ」

きゅう、と胸が苦しくなる。
恥ずかしさと緊張と喜び。――それと、切なさ。
『可愛い声だ』
この言葉は、俺にかけられたものではない。猫にかけられたのだ。
普段の俺の声なんか、鬱陶しいと眉間に皺を寄せるくせに。
見た目が猫。それだけで、どうしてこんなにも違うんだ。

「なんか…似てるな」

不意に紡がれた静雄の声に、臨也は彼を見やった。静雄は臨也を見つめながら、一人で頷いている。
何が、と催促するように腕を引っ掻けば、静雄は痛いと臨也の腕を退かしながら答えた。

「臨也っていってな。俺の喧嘩相手だ。
いや、お前が喧嘩相手だとか苛立つだとか言ってるんじゃないんだけどよ。雰囲気とか、声の感じとか…似てる」

そう言って優しく微笑んだ静雄は、臨也…猫を抱き締めた。
きりきり、胸が痛かった。
違うよ。似てるんじゃない。俺だよ。臨也だよ。
俺を、呼んでよ。

いっそのこと、このまま言ってしまいたかった。そうすれば、この拘束されたような息苦しさから解放される。俺が臨也だと分かってもらえる。
けれどそれは、終わりを意味するのだろう。終止符だ。破局だ。
ずっと、この腕の中にいたいのに。薬が切れるまで。夜が明けるまで。

この優しい体温がこんなにも残酷だったなんて、知らなかった。



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