30万打小説

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その日の夜中。
臨也は早速、静雄の家の前にいた。
――とは言っても、本日2度目。1度目は、幻覚剤を静雄の牛乳に混入した時。

「毎晩牛乳一瓶って、結構ある気が…」

俺がそんなことをしたら腹を下しそうだ。逸る気持ちを抑えぽつりと呟き、それから意を決すると、所々錆びた扉を叩いた。
コンコン、ノックを二回繰り返した後に、ああ猫はノックなんかしないかと思い返す。試しに引っ掻いてみれば、耳障りな音が響いた。
僅かに間を置き。
カチャン、と鍵の外れる音が聞こえ、扉は開いた。扉の内から、明らかに睡眠を邪魔されたと言いたげな顔が現れるも――

「お前、どうしたんだ?」

その表情は、直ぐに優しげなものになった。幻覚剤でぼんやりしているのか、猫に見えるはずの臨也の顔が上の方にあるのも気にならないらしい。
不意に伸ばされた腕が臨也の頭に近づき、思わず逃げるように身を引いてしまう。
静雄は一瞬キョトンとし、それから何処か寂しそうに笑った。

「手前も俺が怖いのか?別に、猫には暴力なんか振るわないのに」

…ズキ、と胸が痛んだのは何なのか。
臨也は静雄が驚いているのを尻目に、勝手に部屋に入った。おい、と困ったような声をあげながらも、猫に見える臨也を追い出す気はないらしい。
リビングで座り込んだ臨也の隣に、静雄は座った。
どき、どき、胸が煩い。きっと、普段こうして隣同士に座ることなどないからだ。大抵、座る前に喧嘩になってしまう。
…それにしても、人間と猫で、随分対処が違うものだ。――きっと、今日は殴られることはないのだろう。
ふ、と笑みが漏れた。好奇心に疼いた胸は、やはり行動せずにはいられない。

臨也は立ち上がると、キッチンに走った。寝る前に飲んだのであろう牛乳ビンを手で弾き、更に置いてあった皿まで床に放った。勿論、ガラスや陶器が床に叩き付けられて何もないはずがなく、高い音を響かせて床に破片が散らばった。

「っ、おい!」

焦った声を上げた静雄が駆け寄り、臨也を抱え上げようと腕を伸ばす。しかし臨也はその腕を思い切り引っ掻いた。いてぇ、と苛立ったような声が聞こえるも、静雄は臨也を放ることもせず、そのまま抱えてしまった。
…怒らせたかったのに、全く無反応だ。普段俺がこんなことをすれば、本気で怒るくせに。

「破片片付けるからじっとしてろ」

静雄はそう言うと、臨也を離れたところに下ろし、箒を取りに行った。
…本当に同一人物なのか。扱いの差に、最早苛立ちすら沸いてくる。自分が苛立つためにここに居るんじゃないのに。
何だか癪に障って、臨也は静雄の言いつけを無視して破片に近づいた。片付けが面倒になるように、破片を散らしてやろう。あわよくば怪我でもすればいい。
――しかし、箒を取りに行っただけの静雄が戻ってくるのが遅いはずもない。臨也は直ぐに見つかり、再び静雄に抱えられてしまう。暴れても解放なんかされるはずがない。再び床に下ろされるのかと思いきや。

「…ほら」

静雄は、臨也を膝の上に下ろした。片膝に下ろされ顔を付き合わすような状態になった臨也は、遭遇したことのない気恥ずかしさに先刻よりも更に逃げようと暴れる。
――しかし、静雄の掌は臨也の頭を撫で回した。ぐしゃぐしゃと無造作に、けれど痛くなんかはない。

「悪戯好きなのは駄目じゃねぇけど、大人しくしてろ。怪我するぞ」

苦笑して言った静雄。きゅう、と苦しくなった胸。ああきっと、いや絶対、こんなに近場で顔を見たことがなかったから。頭を撫でられたことがなかったから。
抵抗したいのに、緊張しているみたいに身体は動かない。
そのうちに静雄は臨也を下ろすと、破片を綺麗に片付けた。

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