30万打小説

□狼の徒花
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そいつを知りたい。
仲間の兎よりも強い知識欲がそう吠えたのはいつだったか。
――こうなることが分かっていたなら、危険なんて犯さなかったのに。

***

兎は、住み処から一里ほど離れた岩場に来ていた。
草なんてものは殆ど生えていない此処にくる草食動物なんてのはいない。いるならば、仲間に置き去りにされ彷徨った子供か、自殺願望がある奴くらいだ。
――しかし、臨也は違う。置き去りにされた子供ではなければ、死にたいなんて欠片も思っていない。

臨也は、一匹の狼の観察に来ていた。
誰と交わることもなく、群れにも属さない珍しい狼。
…否、違う。交わらないのではなく、属さないのではなく、交われない、属せないのだ。

名前は、静雄。
彼は力の強い狼の中でも突飛して力があり、更には短気で凶暴という性情があった。故に皆から敬遠され、群れから離れて暮らしているのだ。

…しかし、臨也は知っている。もう幾らも、この穴蔵を観察してきたから。
彼はきっと、他人と交わりたいのだ。けれど、無闇に仲間を傷つけてしまうから、そして自分も傷ついてしまうから、だから群れから離れた。そもそも群れにいても、傍に来てくれる仲間などいなかった。
可哀想な狼。その絶対的な力で、治めてしまえばいいのに。あんたたちのボスの狼もそうだったろう。あんたの仲間だった奴らもそうだろう。

…だから尚更、臨也は静雄に興味を持った。他の狼とは違うこいつを知りたいと思った。
そしてわざわざ来慣れない岩場に来て肉食動物の危険と隣り合わせになりながら、彼の観察に来ているのだ。
幸いにも今までにこの場で肉食動物に鉢合わせたことはない。きっと皆、この狼に近づく勇気が無いからだろうけれど。


今日、狼は穴蔵で眠っていた。楽しくも何ともない。一昨日は臨也の仲間の兎が餌になっていて、見ていて愉快だったのに。
既に此処に来て大分経っている。そろそろ帰ってしまおう。そう思った時だった。

「今日こそ、あいつを叩きのめしてやる」

穴蔵に意識を寄せていた中あまりに唐突に聞こえた声に、臨也は驚いて辺りを見回した。
臨也から十数メートル先、狼が3匹此方へ歩いてくるのが見えた。
しかし今更逃げ出しても捕まってしまう。食べられたら笑い事にもならない。
臨也は咄嗟に穴蔵に身を潜めた。

――しかし、殺すやら許さないやら物騒な会話は近づいてくるだけで。
この嫌な予感が的中しなければいい…そんな願いは、虚しく散ることとなる。

「…で、静雄の住み処はここだよな?」

「ああ、違いない。あいつの臭いがする」

狼達は穴蔵の前に立つと、そんな会話を始めた。窪みに上手く身を隠した臨也の姿は見えていないらしく、狼たちが穴蔵を覗き込んでいるのが見えた。
しかし、このままでは見つからないはずがない。今の状況では穴蔵を進もうと外に出ようと生存できる確率など皆無に等しいだろう。
どうしよう――

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