30万打小説
□「満たしてよ」
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「…臨也、」
「う、ん?」
「腰、揺れてる」
悪戯をする子供のような声に、頭がカッと熱くなった。すっかり無意識の行為に、臨也はなす術もない。
声が出ないまま静雄をちらりと見上げれば、彼はクスリと笑う。
――そのまま静雄の手がバックルに伸び、臨也は思わずその手を制した。
静雄と再び目が合う。一瞬翳った瞳は、直ぐに優しげなものになったけれど。
「…怖いか?」
「…そうじゃない、けど、…」
否、確かに怖い。確実にどうなるかが分かった今、想像していたよりも怖がっている自分がいる。
自らの中に異物を受け入れるのだ。痛みなどないと誰が言えよう。
…でも同じだけ、想像よりも気持ち良さも勝っていた。もし更に想像が上回っていくなら、自分はどんな醜態を愛しい人に晒すのだろう。情けない声や腰を揺らす程度じゃないのは確実だ。
それに、彼が優しすぎる。いつもはふざけるなだとか死ねだとかそんなことばかり言うくせに、優しいことばかり言うから。
「…怖い、から」
怖いよ、勿論。だから。
「……やさしく、して」
ああ、何処の乙女の台詞だ。腐るほど甘い言葉に、自らを嫌悪する。
恥ずかしくて俯いたまま、静雄を上目ぎみに見上げれば。
静雄は顔を赤らめ、複雑な表情をしていた。
「…シズちゃん?」
「手前は…わざとか?その台詞は」
「は?」
キョトンとした臨也を、静雄は一度睨み見ると頭をガリガリと掻いた。
眉間に皺を寄せてはいるが、怒っているわけではない。困ったような拗ねたような、そんな色を滲ませていた。
「だから…俺が折角、出来る限り優しくしてやろうと思ってるのに、手前がそうやって煽るから…絶対悪気があってやってるんだよな?何だよその台詞は。声は。顔は。ふざけんな。何がしてぇんだよ」
矢継ぎ早に紡がれるぶっきらぼうな声に、余裕のない臨也は目を瞬かせる。言葉を理解することすら追い付かない。その上本当に怒らせてないのかすら心配になって。
…と、相当不安そうな顔でもしていたのか。静雄は珍しくクルクルとよく喋る口を止めると、今度は後悔の色を含んだ表情をして顔を逸らした。
「…すまねぇ。嘘だ。忘れろ。」
「え、あ、うん」
今日の彼はおかしい。そう思いつつ静雄を見上げれば、ぱちりと目が合う。
戸惑いつつも臨也を射抜いた瞳は、そのまま意識を絡めとる。
静雄は躊躇いながら口を開くと、珍しく緊張した声で言った。
「…優しくする」
胸がきゅうと苦しくなった。何だか涙すら零れそうになった。
こんな風に、全てを包まれたような気持ちになるのは、初めてだったから。
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