30万打小説
□甘い微熱
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「手前、熱あんじゃねぇか!」
「…まぁね」
「何で休まねぇんだよ、馬鹿か!風邪こじらせたら、手前は後が大変だろうが!」
久々のデートだったから休みたくなかった。そう返せば、静雄は目を丸くする。それは直ぐにつり上げられるも、怒るに怒れないでいるのが見てとれた。
臨也と静雄は、付き合っている。他人に話せば、何あり得ないことを言っているんだ、と笑われるかもしれないけれど、嘘なんかではない。
現に、こうして二人で待ち合わせをしているのだから。
そして、先刻の言葉も勿論嘘じゃない。ここ最近手離せない取引先との仕事が立て込んでおり、ろくに休む暇もなかった。
それでも、空いた日に入れた静雄との約束。楽しみで仕方がなかったのに、どうして風邪なんかひいてしまうんだ。
やはり断るのが嫌で、重い身体を引きずって待ち合わせ場所に来たのだが、結局静雄には直ぐにばれてしまった。
「手前、身体弱いんだから、無理するなって言ってんだろ!」
「あのさ、俺だってもう25歳だよ?25のしかも男に、身体弱いんだからって、何かのイジメ?」
「何言ってんだよ。去年喧嘩の最中にぶっ倒れたの手前だろうが。忘れたとは言わせねぇぞ」
唸るように言った静雄の声。言葉自体は粗暴なものではあるが、言葉の端々に心配している様子がみてとれた。
分かっているのだ。けれど、自分の都合で彼を断るなんてしたくなくて。
「帰るぞ」
「やだ」
「はぁ!?だから手前、」
「風邪引いたから無理とか嫌だ。俺がどれだけ楽しみにしてきたか分かってないだろ?シズちゃんと一緒にいたいもん、どうせシズちゃんは普通の風邪なんかからないんだから」
意地でも帰らない、とぐるぐる回りだした頭で虚勢を張るも、静雄はひたすら眉をしかめる。
――しかし、唐突に「そうか」と呟くと、静雄は臨也の腰を掴んだ。
勿論、そんなことをされれば驚かないはずがなく、臨也は抵抗も出来ず跳ね上がる。
…そのまま静雄は、臨也を肩に抱えた。
「は、ちょっと」
「帰るぞ。薬は家にあるか?」
「あるし、飲んできた…っていうか、だから帰りたくないって言ってるだろ、下ろせ!恥ずかしいってば!」
「我が儘が言うな。こうでもしねぇと手前は動かねぇだろ。
要は、俺がいれば良いんだよな?だったら、手前の看病してやる」
静雄は当たり前のようにそう言い、すたすたと駅に向かって歩きだした。
臨也は抵抗するも、静雄の力に敵うはずもなく、況して風邪など引いているのに暴れては、直ぐに体力は底をつく。
仕方なく諦めて静雄のシャツにしがみつくが、これはこれで落ち着かない。周囲の視線が恥ずかしいのは勿論、静雄の匂いが近すぎる。心音が伝わっていないか心配でならない。有り難いのは、風邪で顔が赤らむのが誤魔化せることくらいか。
…でも、下ろして、とは言えなかった。
久しぶりの体温に、もっと触れていたかったから。
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