30万打小説

□君は恋人
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――と、歩を進める前方に、周りより頭半分ほど飛び出た金色を見つけた。
誰が間違えようか。こんなにも胸を占拠する彼の存在を。
…しかし、この時間帯に会うほど気の食わないものはない。
この時間は。

「…と、次はハンズの近くな。先に飯食うか?」

「そうっすね。何処で食べます?」

「私は先輩方に追従します」

…この時間は、仕事中。会えば結局喧嘩になってしまうのだが、そんなことは構わない。
何よりも、静雄は女子供と信頼を置き尊敬する相手には優しいし素直だ。だから、この組み合わせほど見ていて気が落ち着かない物はない。

臨也はコンビニに身を隠し、通りすぎるのを待つことにした。
見なければ良いものを、静雄がいるというだけで視線は彼を追ってしまう。
嫌なのに。嫌なのに。

「そういや、ヴァローナ、この前のケーキ上手かったか?」

「肯定です。クリームの適度な甘みといい、スポンジの舌触りの滑らかさといい、とても美味な甘味でした」

「やっぱりな。あそこのケーキは俺も昔から好きなんだ」

コンビニへ身を隠す寸前に耳に入り込んだ、楽しそうな声。
逃げるように店内に入り、そっとそちらを窺えば。
胸が、きゅうと苦しくなった。

静雄の掌は、ヴァローナの頭に載っかっていた。恥ずかしそうにするも乱暴にするわけでもなく、やんわりとそれをはね除けるヴァローナ。
…その姿は、まるで。

「平和島静雄って、あの外国人と付き合ってるのかな?」

「そうじゃない?だって、めっちゃラブラブっぽいし!あの外国人も凄い美人だし、有り得なくないよねー」

直ぐ隣から聞こえてきたきゃいきゃいとした女子高生の会話に、臨也の胸はぎゅうと痛くなる。
世間一般じゃ、男同士のカップルなど稀有だ。諸外国では同性婚が認められている国もあるが、日本は勿論禁止されている。
男は女と付き合う。それが、酷く一般的な常識。
分かっている。でも好きでたまらない。勿論、多少の逆境に負けるほど、自分も柔ではない。
…でも、静雄があの外国人と歩く姿は、まるで何処にでもいる恋人同士のようで。
俺なんかよりも、ずっと自然で、ずっとお似合いで。

ねぇ、なんで頭なんか撫でたりするの。なんで嬉しそうに話すの。なんでそんな風に笑うの。
俺だけが知っていたいのに。その手の感触も、楽しそうな声も、嬉々とした笑顔も。

下唇を噛み締めて、彼らの消えていった道を見つめることしかできない。
…分かっているのだ。いくら付き合っていると言えど、まだ一週間。もしかしたら明日には別れているかもしれない。
この我が儘がいくら理不尽なものかも、痛いくらいに分かっている。
…分かってるけど。

臨也は、胸に蟠るやりきれない思いを投げ捨てることもできないまま、奥歯を噛み締めた。



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