30万打小説

□交戦奇想曲
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少女漫画の中では、障害があろうとも最終的には必ずハッピーエンドで終わる。
好きでした、その一言で、丸く収まってしまう。
そんなのは幾ら望んでも叶わないことなど沢山ある。誰もが絵に描いたような幸せを手に入れることなど、出来るものではない。

…恋慕を抱く相手は喧嘩相手、その上男だなんて、尚更。


***

「手前、ふざけんな!」

「やだな、シズちゃんのせいだろ?」

怒気の含まれた声を爽やかな声が挑発したかと思えば、直後爆破音にも似た轟音が街中に轟く。
その轟音を響かせた主である静雄は、先刻投げた自販機を再び担ぎ上げ、目の前を走る痩身を更に追いかけた。

臨也と静雄はこの上なく仲が悪い。それは口にせずとも誰もが分かる事実だ。
静雄が臨也を見つければ全力で追いかけ、臨也が静雄に見つかれば全力で逃げる。
しかし臨也が何もやり返さないわけではなく、時には半端の無い仕打ちが来る。
そんな猫と鼠のような二人に、これ以上の関係など望めなかった。
――それが、静雄にとってどれ程の痛みであるか、臨也が知ることなどないのだ。

静雄は臨也が好きだ。それも、知り合った頃からに等しい。
大抵の人間は、静雄の力を知るなり逃げるように離れていった。他人を殺すことをできるだけの力があることは、自分でも分かっている。だから、離れていったものを追おうとは思わなかった。
しかし、臨也は逃げなかった。勿論、新羅や門田も逃げない。だからこそ今も、二人とも友人でいる。
しかし彼方から喧嘩をふっかけてくるのは臨也だけだ。喧嘩は今でも好きじゃないけれど、それでも勇往邁進して自らの力を発揮できた。

いつしかそれが恋慕へと変貌をとげていたことに気がついたのは、彼を知って一年が過ぎた頃だったと思う。
しかし、自分も臨也も男だ。
それに二人を繋いでいるものは喧嘩でしかない。その状態で、どうして告白などできようか。
――それから幾年か経ったものの、未だに飽きもせず片想いを続けている。


「待ちやがれ!」

「待つわけ無いだろ、馬鹿じゃない?」

彼の言う通り、と言うのは癪にさわるが、馬鹿みたく積もってくれる苛立ちが存在してくれているのはありがたい。
それすら無くなれば、何も繋がるものがなくなってしまうのだろう。

――と、前方を走っていた臨也が不意にバランスを崩した。
思わず、その身体を受け止めようと自販機を投げ出す。

…しかし咄嗟に頭を過ったのは、そんなことをすれば彼にどんな目を向けられるか、という恐怖で。
――静雄は恐れた。怖かった。何を今更、そう笑う自分と、気味悪がられることを酷く恐れる自分。
大丈夫、臨也は死にはしない。何を不安がる必要がある。

保身へと心は傾き、静雄はじくじくと痛む胸など見ないふりをして、臨也を殴った。
殴る寸前に臨也はクッションにしたように腕で彼の拳を受け止めたものの、自販機を持ち上げるような力があるのだ。低い呻きと共に、臨也の身体はアスファルトに叩きつけられる。
ずきずきと、良心と呼ぶのも愚かしいだろう胸が、ただひたすらに痛んだ。

「ほんっと…酷いよね、シズちゃんってさ…!骨折れてたらどうするのさ、」

痛みを堪えながら紡がれた臨也の声に、下唇を噛み締めた。…久々に、臨也を素手で殴ったように思える。
静雄はまとわりつく後悔を振り払うと、臨也を睨んだ。そうでもしないと、臨也を抱え上げてでも新羅の家に向かわせてしまいそうだった。

「手前が、悪いんだろ!」

それだけ言って、臨也を置いて走り去った。
臨也なら大丈夫に決まっている。今までだって、怪我を負わせて放っていったことなどあったじゃないか。
自らを守る言葉を際限なく反芻する胸は、痛くて仕方がなかった。



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