30万打小説

□Again and Again
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翌日、静雄は出勤のために街に出た。
まだ越してきて数ヵ月だが、長くても5年ほどで家を出ていかなきゃならないだろう、と思いながら、静雄はいつもと同じ道を歩く。

――と、角を曲がった時だった。

どん、と突然身体に何かがぶつかった。
いてぇな、とガンを飛ばそうとすれば。

「出てこいよ、情報屋さん!」

「散々俺らを虚仮にしやがって!」

遠くない場所から、明らかに堅気ではない男の声が迫ってきていた。
ぶつかってきた奴の関係か、と思っていれば――
突然ぶつかってきた相手が静雄の腕を引っ張り、出勤先とは真逆な方向へ走り出した。
全くもって状況が理解できない。
意味が分からず走っていれば、先を走る奴が振り返りもせず声をあげた。

「俺、この辺来たばっかで分かんないから、逃げられそうなとこに連れてってくれない?」

そこでやっと、相手が男だということを知る。全身漆黒の服を着ているせいもあるが、彼は男にしては線が細い。
ぼんやりとその背を見れば、早く、と急かされた。
…まるで、何かのゲームみたいだ。はちあった人に引かれて街中を走るなんて。必然としてシステムに組み込まれているみたいに。

「俺も越してきてそんな経ってねぇから道はうろ覚えだけどな」

「は!?何それ、頼りなさすぎるよ君!」

無理矢理引っ張ってきたのはどこのどいつだ、と思い久々に短気な性格が顔を覗かせそうになる。
――しかし、苛立ちよりも好奇心が勝った。自分が吸血鬼なんて浮世離れした存在だ。そんな奴が更に浮世離れした日常に足を踏み入れて何が悪い。咎めるものも居ないだろう。

「…任せろ」

「は、うろ覚えなんじゃ、」

馬鹿にしたような声音を五月蝿ぇと一蹴し、静雄は速度を上げて黒い青年を追い越すと、更に速度を上げた。
腕を掴む青年は、吸血鬼の自分の速度に付いてきている。大した脚力だ。
背後を走る青年は、僅かに息を切らしながらも不満を滲ませた声をあげる。

「何処に行くの、ちょっと」

「適当に行けば逃げれるだろ」

「はぁ!?適当って、っわ!」

急ブレーキをかけ路地裏へ曲がる。後ろからの彼を追いかけてきた声はもう殆ど聞こえない。
ある程度路地裏の奥に入り、ようやく足を止めた。此処まで来れば、よっぽど大丈夫だろう。
振り返れば、漆黒の青年は息を切らしつつもクックッと楽しそうに笑っていた。濡れ羽色の髪が、白い肌を浮き上がらせながらさらさらと揺れている。


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