2nd

□幸福論
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「いつも幸せそうだね、シズちゃん」

嗅ぎ慣れてしまった匂いを探して池袋を歩き回り、ようやくその元凶を見つけた静雄。
そうしてその元凶である臨也に言われた言葉に、静雄は眉間に更に深い皺を寄せる。

「何処が幸せそうに見えるんだよ、臨也くんよぉ…?」

「全部だよ、全部!仕事に追われて忙しい俺と違って、こんな風に俺を平気で追いかけて来る所とか、周りの目も気にせずに激昂する所とか」

嫌味たらしく紡がれた言葉に、頭の中でバチンと何かが弾けて。

「全部手前のせいに決まってんだろノミ蟲がぁあああ!!!」

地響きのような怒鳴り声と共に大きく振りかぶった捻じ曲がったガードレールを臨也はひらりと身を翻して避けると、心底馬鹿にしたような、楽しそうな笑みを浮かべて肩越しに此方を見ながら走り出す。

「そういう所が幸せそうなんだよ!」

「幸せな訳があるか、クソノミ蟲ィイ!!」

…こうしていつも、池袋を舞台にした戦争のような追いかけっこが始まるのだ。


その30分後、臨也を取り逃がした静雄は額に血管を浮き立たせたまま池袋の街を闊歩していた。
何だって、臨也を毎回毎回追い掛けなければいけないのだ。そもそもアイツが存在している事が悪い。
心中で悪口を紡ぎ続ければ、怒りが収まる筈もなく。
頭を冷やそうと大きく息を吐き、煙草を取り出した。唇に銜え火を灯せば、肺にゆっくりと紫煙の香りが広がる。

「…どうしたら幸せに見えるんだよ…」

ポツリと、臨也に言われた戯言を呟く。
くだらない。本当にくだらない戯言。…けれど、妙に耳に残った言葉。

どうしたら、あの状況下で俺が幸せそうに見えるんだ。臨也以外、誰一人としてあそこで幸せそうに見えるなんて言う奴はいない。
…だったら、幸せとは何だ。よく、何でもない日常が幸せだとか、健康であることが幸せだとか言うけれど。
だったら、今自分が幸せなのかと問われれば――俺は素直に頷ける気がしない。
大した理由もなく紡がれた言葉を考えるのも馬鹿馬鹿しいし、あんなノミ蟲に言われた事に頭を占領されるのも甚だしいのだけれど。

揺れる白煙をぼんやりと眺めて、小さい頃ずっと胸の中で反芻し続けていた言葉を思い出す。

誰かを愛したい。
そうして、同じくらい誰かに愛されたい、と。

今となっては、この力がある以上望むのも虚しいと思うようになったけれど。
今は望んでいないのかと尋ねられれば、きっと俺はやはり望んでいるのだ。誰かを愛すことも、誰かに愛されることも。



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