2nd

□ダンデライオン
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「シズちゃん、いい加減諦めなよ!」

「だまれノミ蟲が!!」

街でも見慣れた、常識としてはありえないこの日常。
その当事者の一人である静雄は、並外れた怪力の持ち主。そして、その前を酷く腹の立つ笑みで走っているのは臨也だ。
高校の頃からこんな関係。
勿論、見ての通りの仲の悪さ。親しく話したこともなければ、何も手出しせずに隣にいられたためしもない。
…けれど。

「黙れって言ってんだろ!!」

振りかざした路駐してあった自転車。
けれどそれは臨也に掠りもせずに人の引いたアスファルトに派手に転がって、前篭が外れて遠くまで跳ねていった。

「そんな適当に投げて当たるわけがないだろ、まぁシズちゃんがどんなに精度を上げたところで当たらないけどね!」

やはり気にさわる言葉を吐き走り去ろうとする臨也を、苛立ちを露にした顔で追いかけようとしたのだけれど。

「うわあああん!」

「!?」

背後から響いた子供の泣き声に、静雄は驚いて振り返った。どうやら静雄の投げた自転車に驚いたらしい。
ハッとしたものの、前方には既に臨也の姿はなく。
臨也を追うのを早々に諦め、静雄は母親にしがみついて泣きじゃくる男の子に走り寄った。
勿論、静雄に心配と申し訳なさ以外の感情はない。
せめて謝らなければと声を掛けようとしたのだけれど。

「すみません、大丈夫――」

…けれど、静雄の心配など他人が知り得るはずがないのだ。

「っごめんなさい、ほら泣かないの!!」

子供をあやしながらそそくさと逃げるようにその場を離れていった親子の顔に張り付いていた表情は、恐怖。
追いかければ逆効果なのは痛いくらいに分かりきっている事実で、ぼんやりと立ち尽くすしか無かった。

ヒーローなんてものは、強ければ強いほど周りから頼りにされ好かれる。
けれどそれは空想の世界だからだ。現実は、時によって残酷。
強ければ強いほど、恐れられる。
理由もなく傷つけたりも、腹を立てたりもしないのに。

沈んだ気分をそのままに、静雄は静かに歩きだした。騒然としていたその場も、ゆっくりと日々の喧騒に呑まれて消えていく。
――誰からも恐れられる存在。
けれど、そんな静雄を欠片も恐がらない、寧ろ立ち向かってくる唯一の存在。

『シズちゃん、いい加減諦めなよ!』

どうしてだろうと自問しても、答えなんて出ない。恐がらないから、たったそれだけの理由なのかもしれない。
だったら、セルティや新羅に門田、トムさん、他にもいる。
それなら立ち向かってくることが大切だとでも言うのか。普通は余計に拗れるだろう。

臨也が、愛しい、とか。

自分の勘違いだったら良かったのに。
気づけば彼に本気で立ち向かうことが、傷つけてしまうことが怖くなっていた自分がいて。
そんな柔ではないことくらい、分かっているくせに。

――けれど、恐れられない存在というものがどれほど安堵できるものか、臨也と出会って初めて知った。
初対面、胸を占拠する苛立ちとともに、当たり前として静雄を笑う臨也に息の詰まるような嬉しさを覚えて。
お前は孤独なのだと詰る声すら、その本人の臨也は否が応でも静雄を独りにはしない。

まるで、雑草みたいだ。お互い様だと言われれば頷かざるをえないけれど。
踏まれようが痛い目を見ようが、萎れることなく立ち上がる。

「…いや、」

臨也は、強くてもどこか儚さすら感じる、タンポポのようだと思った。



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