リクエスト

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ぼんやりとしていると、臨也が戻ってきた。
学ランは鞄と一緒に置いてきたらしく、上は赤いシャツだけである。
そのまま静雄の隣に座ると、視線を合わせることも無く口を開いた。

「多分、昨日殆ど眠れなかったから、倒れたんだと思う」

「…ああ」

唐突に呟かれた言葉に、静雄は返事をした。
あれだけ精神的に参ることがあり、更に寝不足が圧し掛かれば倒れても仕方が無い。
臨也は、続けて言葉を紡ぐ。

「寝てると、絶対夢見て、直ぐ起きちゃうし」

そう呟き、黙り込んだ。
二人の間に、静寂が流れる。
静雄は、その沈黙の間に臨也が泣き出したりしないか心配だった。

…しかし、臨也は真顔のまま顔を上げる。
それに気がついて臨也へ視線を向けると、ずっと重ならなかった視線が絡んだ。
そして臨也は、その唇を開いた。


「犯して」


「…は?」

唐突に紡がれた言葉。
その意味を理解できず、静雄は硬直した。
…しかし臨也の指は、赤いシャツの裾を握り締め、ゆっくりと上へ上げていく。
青紫の痛々しい痣が、静雄の視界に入り込む。
思わず、静雄はその手を掴んだ。
静雄の険しい表情に、その肩が跳ね上がる。

「寝れねぇからって、自棄になるな、ノミ蟲」

「違う!」

叫んだ臨也の表情が歪んだ。
服を掴んでいた指は、強く握り締めているのに関わらず、小刻みに震えている。
臨也は、怯えながらも必死に対抗する犬みたいに、震える声をあげた。

「嫌なんだよ!
知らない奴に犯されて、散々痛めつけられて、自分ばっかり怯えたままで!
…だから、シズちゃんに記憶ごと塗り替えて欲しくて…ッ」

じわり、と、硝子玉のような瞳に涙が浮かぶ。

「…どうして、俺なんだ?」

静雄は思わず問い掛けた。
門田でも、新羅でも良かっただろう。
寧ろ喧嘩相手を選ぶ方が間違っている。
…そう頭では思うくせに、実際は拒否感など湧いてこなかった。

臨也の唇は、小さく震えながら静かに紡いだ。


「シズちゃんが、好きだから」


囁くように紡がれた、好き、の言葉。
予想もしなかった台詞に、静雄は臨也を見詰めた。
同じように、臨也の赤眼が、静雄を歪めて映し出す。

「だから、シズちゃんに塗り替えて欲しい…
乱暴でも良いよ、殴ったって良いよ、要らない事実なんか、消し去って欲しい」

再び、涙が零れる。
散々泣いた瞳は、僅かに赤く腫れている。
あまりにも痛々しくて、静雄はその瞼を指先で撫でた。
瞳を伏せた時に零れた涙を拭ってやって。

殴られて、投げられて。
直撃でもしたら死んでしまうような喧嘩を毎日繰り返す。
「死ね」も「大嫌い」も、日常茶飯事。
それなのにどうして、好き、なんて。
…でも、同じくらい、自分もおかしい。



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