60万打小説

□Teach me how to love
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「君は自由でいいねぇ」

嫌味たらしい笑みと共に塀の上から降ってきた声。見上げれば、数日前この近辺の家に越してきた飼い猫だった。
その艶やかな漆黒の毛並みは、彼がいかにその家で愛されているか嫌でも分かる。

「うるせぇな手前」

一言唸り返せば、その猫はふふ、と笑って、静雄を見下ろす。赤い宝石のような瞳が、しかめ面の静雄を映した。それだけのことが、妙に綺麗に思えた。

「手前じゃないよ。臨也っていう名前があるんだから」


静雄は此処等を根城にする野良猫だ。他の野良とは桁違いな力を持っている静雄は、他の猫からも敬遠されていた。喧嘩を挑んでくる猫もいるが、最終的には逃げ去ってしまう。
そうして、今日も縄張りを荒そうとした野良猫と喧嘩をして簡単に撒いた矢先――この臨也だとかいう黒猫に話しかけられた。

「イザヤ?変な名前だな」

「はっ、君に言われたくないな、静雄くん?」

窓から此方を見下ろす臨也は、腹の立つ笑みで言った。どうして名前を知っているのだ、と思えば、それが顔に出ていたのか。
臨也は、有名だよ君、と艶やかな尾を揺らした。
どうせこのままここにいても腹を立てるだけだ。目に見えている展開に静雄は歯噛みして、立ち去ろうと踵を返した時だった。
スタン、と微かな音が聞こえた。振り返れば、しなやかな漆黒がそこに立っていた。
自分より幾らか細く、儚く見えるその姿。先刻より近くなった赤い瞳は、硝子玉のように脆く目映い。

「素っ気ないなぁ。仲良くしてよ」

「あ?手前なんか」

手前なんかと仲良くするかよ。そう紡ごうとした声は、止まった。否、止められた。
驚くほど一瞬で間合いが詰められ、そうしてそのまま重なった唇に思考が停止する。呆然と立ち尽くす静雄に対し、臨也はニコリと綺麗に笑うと、一言。

「初いね、シズちゃん」

…それが、臨也と静雄の出会いだった。


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