50万打小説

□世界のために
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空は快晴。けれど暖房がなければ歯がかちかちと鳴る寒い毎日。
一昨日の一件の後、二人は新羅に手当てしてもらった。
そうして、新羅だけにしか言っていなかった怪物じみた力がなくなったという事実は門田と臨也にも知れわたり、傷だらけの静雄を見た生徒からは俄に噂がたっていた。
別に嘘ではないから良いのだが、遠巻きにちらちら此方を見る目はやはり好かない。
そんな視線に晒されながらも――
臨也との喧嘩は、その日を境にぱたりと止んだ。

こんなに喧嘩をしないまま一日を過ごせるのは、いつぶりだろうか。きっと中学時代まで遡らなければいけない。
そんなことを思いながら、無意識の内に臨也に目を向ければ。
ぱちり。まるで示し合わせたかのように目が合った。
臨也は一瞬ハッとしたように目を見開いたけれど、すぐに僅かに笑って黒板へ目を移した。

…最近、臨也とよく目が合う。確かに自分が臨也へよく目を向けるようになったというのも一因ではあるだろうけれど、静雄が目を向けた時にはすでに臨也も此方を見ている時が多いのだ。
自分が臨也によく目を向けるようになったのは、好意という感情に気づいたから。
散々喧嘩していて今更、と大抵の人は言うだろうけれど、分かってしまったのなら仕方がないじゃないか。

…その時、ふと思う。
自分は臨也に好意を寄せているからよく見てしまうのだけれど、
ならば臨也はどうなのだろう。
…もし自分と同じ、好意からの行動ならどんなに嬉しいか。
けれど、そんな簡単に望む世界が実現するわけがない。
だったら、何で。

「――、だからこの公式が当てはまって、Xに3を代入できて…」

――俺が、臨也にとってただの人間になってしまったからだろうか。
今俺には怪物じみた力はないし、殴られれば倒れる普通の人間なのだ。
臨也にとって、人間は観察対象にすぎない。安い博愛対象でしかない。
…俺は、その博愛を与えるに相応しい一部になってしまったのか?
どこにでもいる大勢のうちの一人に?

どきり、と胸が勝手に高鳴る。暑いのか寒いのか、そんな感覚すらも思考に飲まれていく。

…ただの人間になった。
ということは、良く言えば臨也に愛される対象になったのだ。大嫌いと罵られる存在ではなくなった。
でもそれは臨也にとって、ただの愛すべき愚かしい人間のうちの一端になってしまったことと同じ。
今までみたいに派手な喧嘩は出来ない。個人として好かれていなければ、嫌いという負の感情すらも和らいでしまう。『特別』が、何一つ無くなってしまった。
今まで、喧嘩は嫌で仕方がなかったけれど、その特別な関係が当たり前ではないと知ってしまったら、ひどく惜しく思える。
けれど、だからと喧嘩仲に戻りたいわけではないのだ。
なんて矛盾なのだろう。けれどその矛盾を解消する手立てなんか、見つかりやしなかった。


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