50万打小説

□君のために
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「静雄、大丈夫?」

浮上してきた意識に染み入った声に、静雄はゆっくりと瞼を開く。
と、見慣れた眼鏡に外はねした髪の彼が視界に入った。
ここは何処だ、ときょろきょろすれば、新羅は読んだように言う。

「保健室だよ。びっくりしたよ。昼休みになっても静雄だけ戻って来ないから、臨也が最後に見たって言う校庭に行ってみたら、静雄が倒れてるんだもん。
まぁ、身体のお陰で酷い怪我は無いみたいだけど。
どうしたの、普段は倒れやしないのに」

そういえばそうだ。
頭を殴られて気を失った、そう話せば、新羅は一瞬目を丸くして、それから苦笑する。

「静雄でも頭を殴られたら気絶することもあるんだね」

「俺も人間だからあるに決まってるだろ…ノミ蟲みたいなこと言いやがって…」

臨也を取り逃がしたことを思い返し、静雄はベッドの手摺を思わず力を入れて握る。
危ない、歪んでしまう――そう思った瞬間には、大抵手の中でひしゃげてしまっているのだけれど。

…あ?
思わず、手摺から手を離す。
静雄の異変に気付かない新羅は椅子から立ち上がると、じゃあまた帰りに、と手を振って保健室を出ていった。

一人になった静雄は、再び手摺に手を伸ばす。掌に感じる温度は、普段と何一つ変わらない。
…けれど。
指に力を込める。親指から小指まで、何時ものように手摺を握り締める。
なのに、手の中の手摺は、綺麗に原型を留めたまま。
あまりの信じられなさに、静雄は更に力を込める。しかしいくら力もうと、手摺の形は変わらない。

静雄はその手をゆっくりと離すと、目の前に翳した。
いつもと寸分違わぬ、骨張った手。
けれど、いつもと違う。

普段の怪物じみた力が、ない。



結局その日、静雄は体調が悪いと仮病を使い先に帰宅した。
時間が経てば戻るかと思ったけれど、その力は変わらないまま。
少なくとも今自分は、「一般人より身体が強いただの高校生」なのだ。そう自覚する。

もしこれが臨也に知れたらどうなるだろう。チャンスだ、と不良やらチンピラやらを送り込んで来るのだろうか。それとも自分で刺しにでも来るのか。
…いや、臨也が俺に執拗に構うのは、怪力なんていう珍しい力があるから。だからきっと、現状が知れたら臨也は一気に俺から興味を無くす。
だったら、言ってしまえばいいじゃないか。そうすればもう無意味な喧嘩をする必要も無いし、望んでいた平和で静かな学園生活が送れる。
明日、言ってしまおう。俺は普通の人間になったのだと。臨也の言う怪物では無くなったのだと。



…しかし翌日、静雄は机に伏していた。
臨也にはまだ言っていない。というのも。

『臨也、話がある』

『何?嫌味とか?』

『違ぇよ!……えっと、』

『…何?早く言ってよ』

『――っ、何もねぇ!』

…と、逃げ帰ってきてしまったのだ。
何で言えないんだ、と自らに問いかけるけれど、唇はつぐんだきり動かない。まるで、何を言いたいのか自分も分からないとでも言いたげに。

…いや、でも、臨也に絡まなければいいのだ。何があっても逃げていれば、そのうち飽きるかもしれない。
そうしよう。相手にしないでおこう。
――そう決断した胸は、緊張したみたくきゅうと苦しくなった。


それから静雄はとことん臨也を避けた。話しかけられても無視をして、まぁ思わず睨んでしまったりはしたけれど、思い返してすぐに立ち去る、というのが続いた。
そうすれば、案外あっさりと臨也が寄ってくる回数も減ってきて。
これで清々する――そう思っていたはずなのに、胸は思いの外晴れやかではなかった。


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