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□リリシズムな唇
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そうして、4時間目の終わる頃。
数学の授業から戻ってきた静雄は、既に手のつけられないほどに黒いオーラを背負っていた。
煙草が精神安定になっているのは事実。別段ヘビースモーカーなわけでは無いが、吸いたいときにないと落ち着かない。更に短気な性格が災いして、苛立ちを増長させる始末だ。
今から昼休みなのだから、臨也に煙草を返してもらおう。落ち着かなければ、次の授業まで生徒に迷惑をかけなければならなくなる。

――そう思い、臨也の在籍するクラスに行ったのだけれど。

「折原くんなら用があるって体育館裏に行きましたよ」

「体育館裏?」

臨也と仲の良い岸谷の言葉に、静雄は首を傾げた。体育館裏に何をしに行くと言うのだ。
そんな静雄の思案を汲んだように、岸谷は何を隠すこともなく口を開いた。

「煙草を吸いたいって言ってましたけど。俺はそんなの百害あって一利なしって言ったんですけど、一回だけって聞かなくて、そのまま出ていきましたよ。
まぁまだ昼御飯食べてないから直ぐ戻ってくるとは思いますけど」

「…そうか、ありがとよ」

「いいえ」

…あいつ。煙草を取っていったのは、吸ってみたかったからか。まだ高校生のくせに、そんなこと良いと思っているのか。大体、あれは俺の煙草だ。
それに――。
静雄は膨れる苛立ちを隠すこともしないまま、体育館裏に向かった。



体育館裏へ着けば。

「せんせ…!?」

臨也の驚いた声と、その指から滑り落ちた紫煙を立ち上らせる煙草に、静雄は彼に歩み寄るとその手の中の残りの煙草の入った箱をもぎ取った。
気まずそうに静雄を上目に見た臨也。それを睨み返し、強い口調で責めた。

「何で煙草なんか吸ってんだよ。未成年が吸って良いと思ってるのか」

「……」

「馬鹿だろお前、身体に悪いことくらい分かってるだろうが」

「先生だって吸ってるだろ」

僅かに反抗的に言った臨也は、唇をきゅっと結んだ。
…確かに、未成年だから、身体に悪いから、と正当化された言葉は幾らでもある。俺のものなのに、という理由だって無くはない。
けれど、そんな理由よりも幾分も胸を占めているのは、もっと自己中心的な理由。

「大体、先生に関係ないだろ。俺が煙草吸っても吸わなくても。勝手に取られたのが気に食わないっていうなら謝るけどさ」

――何より、きっと自分がこいつと同じ立場だったら、そんな綺麗事だけ並べられても納得いかない。
静雄は臨也の頭に手を伸ばす。驚いて肩を竦ませた臨也だったが、その手が優しく頭を撫でたのに気がついておずおずと静雄を見上げた。
静雄は息を吸い込んで自分を落ち着かせると、喉元で詰まろうとする言葉を紡いだ。

「俺は、手前に煙草なんて吸ってほしくねぇんだよ。癖になった後なら仕方ないと思えるけど、手前はまだ学生だ。吸う必要なんかねぇ。
…折原が大切だから言ってんだ」

臨也の瞳が見開かれる。ほんのり赤らんだ顔は恥ずかしそうに逸らされた。
それから、臨也は呟くような声で言った。

「吸わないよ、煙草なんて苦しいだけだし…大体、初めから煙草が吸いたかったわけじゃなかったし……」

もごもごと口ごもりながら紡がれた言葉に、静雄はじゃあ何で吸ったんだと問いかけた。
と、臨也は静雄のシャツを掴んだ。その細い指に胸を高鳴らせていれば。

「先生のキスと、同じ味だから…」

何だよそれ。そう言いかけるも言葉の意味を理解し、胸がきゅうと甘く締め付けられた。
そんな静雄を上目に見た臨也は、赤い顔のまま小さく笑う。

「でも、やっぱり煙草は苦しいし美味しくないし、キスじゃなきゃ嬉しくないね」

ああもう、今すぐ抱き締めたい。たまらなく愛しい。
…けれど、少し我慢だ。

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