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□唇プレリュード
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「シーズちゃん」

その背に呼びかければ、静雄は反射のように振り替えし、一瞬後にはしまったと言いたげな色をその顔に滲ませた。
素直すぎる反応にちくりと痛んだ胸の意味は分からない。だからこそそれから視線をそらすと、臨也は可愛らしくというよりは色めかしく微笑って見せる。それを見た静雄は、眉間に皺を寄せてやはり視線を離した。

何でシズちゃんがいつもとこんなにも調子が違うのか、そんなのは知らないし知ったことではない。
けれど、俺の調子にまで影響を与えるなら話は別だ。このよく分からない静雄の行動を突き止めないわけにはいかないじゃないか。それに、新羅に「ほら間違っていたじゃないか」と言ってやりたい。

「…何の用だよ」

「んー、シズちゃん、眼鏡気になる?」

「…は?何だよ、それ…」

静雄の眉がぴくりと動く。やはり眼鏡が関係しているのだろう。素直すぎる彼の反応に確信と僅かな不安を覚えて唇を噛み締める。
それから、思い切って静雄に歩み寄った。

「何だよ…」

静雄は警戒を滲ませて一歩後ずさる。シズちゃんらしくないなぁ。俺が近寄って逃げるなんて。そう挑発するように言えば、やはり静雄は後ずさるのをやめた。こういう時、扱いやすいのは有難い。
静雄を見上げるほどの位置に立った臨也は、思い切って静雄を見つめた。これだけ近くから彼を見るのも初めてで、胸がぶるりと震える。
臨也は、そのまま微笑んで見せた。すると、心なしか静雄の顔が赤くなる。――しかし臨也はそんなことおかまいなしとでも言うように口を開いた。

「俺、実は結構目悪かったんだよね。知らなかっただろ」

「…俺がノミ蟲のことなんか、詳しく知るはずがないだろ」

ぎり、と奥歯を噛み締めた静雄はそっぽを向く。ちくり、ちくり、心に棘が刺さるような感覚。
臨也は静雄が逃げているのを知りながら、にこりと笑って見せた。

「じゃあ、俺ばっかりがシズちゃんのこと知ってるのも不公平だし、教えてあげる」

「は…?」

眉をひそめた静雄を見つめたまま、眼鏡をゆっくりと外す。ぴくりと跳ねた静雄に訳も分からず緊張しながら、臨也は震える足で爪先立ちをした。ぐっと近くなった顔。吐息が頬を掠める。

――何を動揺しているんだ。
こんなふざけたことをすれば、シズちゃんは怒って殴りかかって来るに決まってるんだから、いつもの挑発と一緒じゃないか。

臨也は相も変わらずの笑みを繕ったまま、囁くように唇を開いた。

「俺ね、本当はこれくらい近付かないとはっきり見えないんだよね」

――と、静雄は固まった。更に、目の前の顔はみるみるうちに赤に染まっていく。
あまりに予想外の反応に、こっちまで気恥ずかしくて堪らなくなってくる。

「――なんて、」

冗談だよ。この距離くらいはちゃんと見えるし。そう続けようとした唇は、動きが止まった。

…否、静雄の唇に塞がれて、声は吸い込まれた。

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