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□唇プレリュード
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その様子に満足したように唇を結ぶと、新羅は悠々と話し出す。
「俺なんかは中学の頃見てたから、久しぶりに見たって思うだけだけど、静雄は初めて見たんだよ。わかる?」
「…言えばいいだろ。俺が新羅のよく分からない嗜好を理解できるはずが無いんだし」
「仕方ないな、言ってあげるよ。
ほら、ギャップ萌えってやる?普段眼鏡掛けていない人がかけていたりすると、気になる人とかもいるものだよ?」
新羅の言葉に思わず顔をしかめる。いや確かに、そういう人も居る。ネットを泳いでいても、そんな話やらイラストやらを目にすることも少なくない。
――だからと言って、男が男のことを気にして態度が変わるというのはどういうことか。
「…シズちゃんは、まぁよく分からないし…大体、シズちゃんはそんなじゃないと思うよ?眼鏡壊すと厄介だとか思ってるんじゃない?」
「んー…でも意外とそんなことも無いかもよ?」
「新羅気持ち悪い」
先刻よりも更に顔をしかめる臨也を、門田と新羅は笑う。他人事だと思って、と唸って、臨也は唇を尖らせた。
新羅は平気で言うが、そもそもそれが真実だったとしたら、どう理解しろというのだ。
眼鏡をかけているからと、突然心情が変化するわけでもあるまい。だったら、静雄にもっと別な理由があって教室を出て行ったと考えた方がよっぽど納得できる。
――と、始業の5分前を告げるチャイムが鳴る。それからしばらくして教室に戻ってきた静雄は結局、臨也に話しかけることもなければ、目を向けることも無く席に着いた。
睨みのひとつでもあれば放っておくのだが、それも無いとなると妙な気分になる。
「シズちゃん、いつもおかしいけど今日は一段と変だね」
彼を怒らせる目的でそう話しかけてみる。しかし静雄はやはり臨也を見ずに低く返す。
「手前も変だ」
「眼鏡だから?それくらいのことを気にするような女々しい男だったっけ」
そう言えば、唐突に静雄は顔を上げた。ぱちりと目が合い、何故だか妙に驚いている自分がいて。
「手前が…っ……」
一瞬静雄の口を出かけた言葉は、唇を抜けることは無く、臨也の耳に届くことは叶わないまま消え失せる。
いつもなら喧嘩になってもおかしくない状況だというのに、静雄はそのまま沈黙してうつ伏せてしまった。
…やっぱり変。絶対変だ。大人しいなんてものではない。
何て好都合なんだろう。何をしても邪魔をされないし、静かに過ごせるし、先生に咎められることも無い。
そう、俺にとって好都合のはずだ。…なのに。
――何でこんなに、落ち着かないのだろう。
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