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□水面の月
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「だったら俺との喧嘩で黙る必要なんかねぇだろ!?
気持ち悪いんだよ手前!何企んでるか分かりゃしねえ!」


――言えるはずがない。
気持ち悪いなんて言われて、何を企んでるか分からないなんて言われて、誰が言える?
そもそも、嫌われているのは明白で――

鼻の奥がつんとして、目が熱く重くなり、堪える隙もなくそれは水になって視界をぼやけさせていく。
瞳が潤ったのに気がついた静雄の動揺した顔は更に涙腺を擽り、瞼の許容を越えた涙が頬を伝い落ちた。
滲む視界の中、金色は映える。他の景色がぼやけても、その存在を消すことはない。

触れられると思った月は、水面に映った姿だった。
本当は、もっともっと遠い場所に、彼はいる。

届くはすが、ない。

「離せよ…」

静雄は、離さなかった。ただ見たこともないような表情で、臨也を見つめていて。
居たたまれない状況に、胸は苦しくて仕方がない。なのに、どんなに彼の腕を押し退けようとしても、壁に背を押し付ける彼の手は臨也を逃がしてくれなかった。
隠し事があるから?泣いたから?理由を聞くまで逃がしてはくれないつもりか?
――なら、聞けばいい。もういいよ。
目の前で泣いてしまった以上、もう喧嘩もまともに出来なくなるんだろう?第一、俺が平常心ではいられないのだから。

「好きなんだよ」

「シズちゃんが好きだって、気づいた」

「馬鹿にするならしてよ。何でも良いから、もう俺を逃して」

笑えなかった。馬鹿にすることも出来なかった。ただ声が震えて嗚咽が混じった。
気味悪がられるならそれでいいし、遠巻きにされるならそれも構わない。
――同情だけはされたくなかった。情けで喧嘩を続けるくらいなら、殺される方がましだ。
涙はいくら拭っても底を知らないかのように流れてくる。それを黙ったまま見つめる静雄の瞳が痛い。
届かないのに。どうしてそんなに俺を見るんだよ。

「だから、離し――」

張り上げた声は、塞がれた。
一瞬何が起きたかが分からなかった。
暗くなった視界。目の前でぼやけた金色が揺れる。あまりに暖かすぎる唇は、自分の温度ではない。

瞼を閉ざすことも出来ないまま、唇は先に離れた。
キョトンとしていれば、静雄と目が合う。
真剣、だった。同情なんかではないと、臨也の顔を映す瞳が云う。

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