1周年小説

□恋は曲者
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静雄は再び臨也に唇を重ねた。
驚いて固まる臨也の下唇を噛み口を開かせると、そこへ舌を割り込ませる。
一瞬抵抗するように静雄との間に差し入れられた細い手は、静雄のシャツを強く握り締めた。
静雄は、臨也の口腔を蹂躙する。歯列を丹念になぞり、淫らな音を立てて舌を絡ませ、ざらついた表の感触も滑らかな裏の感触も、上顎から下顎まで、まるで染めていくかのように舌を這わす。
唇に隙間が出来る度に臨也は荒い息を吐き、普段耳にすることなどない切なげな喘ぎが零れた。
もっと。静雄は自分の呼吸すらままならないまま、臨也を求めて口付けを深くする。それに合わせて、上に乗る臨也から力が抜けていき、上半身はぐったりと静雄の胸に預けられた。

幾らほど唇を重ねていただろうか。
両手で挟んでいた臨也の顔を離してやれば、臨也は荒く息を吐き出しながら、ぼんやりとした瞳で静雄を見下ろした。
唾液で濡れた唇と、桜でも散らしたように赤らむ臨也の顔は妙に官能的で。
再び口付けようと、臨也を引き寄せれば。

「まっ、て!」

裏返った臨也の声に、ハッと我に返った。ふるふると震える臨也は、静雄が止まったのを確認すると安堵したように静雄の胸にへたりこむ。その暖かさに、胸はきゅうと苦しくなった。
臨也は息を整えながら、呟くように言葉を紡いだ。

「何で…キスなんか、してるの」

「それは――」

自分でも、まさか折り重なったというだけで理性が飛ぶなんて思いもしなかった。キスなんて、自分から出来るのだろうかとすら思っていたのに。
黙り込む静雄に、臨也は唇を噛んで静雄の胸に顔を埋めた。
ドクドクと早い音が、どちらの胸からか身体中に響いてくる。緊張だろうか。この体勢のせいだろうか。
…何にしろ、臨也に止められなかったら自分が何処までしていたかすらも定かではない気がする。自分がこんなにも積極的に事に走ろうとするとは思いもしなかった。

「馬鹿…シズちゃんのバカ…」

臨也の唇から紡がれるそんな言葉。けれど、言葉に対してその声は嫌悪を孕んではおらず。
静雄は臨也の顔を確かめようと、その頬に手を添える。熱いほどの温度に煽られながら、嫌がる臨也の顔を無理矢理上げさせれば。

潤んだ瞳に、赤らんだ頬。きゅっと結ばれた唇は、熟れたように赤く。

ドクン、と胸が跳ねた。
唇が勝手に動く。その時の自分は、酷く間抜けた顔をしていたかもしれないし、緊張していたかもしれない。けれど、そんなものは記憶にない。
自分の放った言葉に対して、印象が薄すぎたから。


「臨也が欲しい」


ああ、恋は曲者だ。
心を狂わせて、理性を失わせる曲者。
俺が、ひょんなことが切欠でそんなものを思い知らされるだなんて。
でもきっと、俺だけじゃない。誰だって一瞬の狂いが進退に繋がるのだ。
ただ、そう。俺は確かに、今の一瞬に狂った。いっそ、狂ったままでもいい。

震える臨也の唇が、待ちわびる言葉を紡ぎ出すまでは。





恋は曲者

(いっそのこと狂ってしまえばいい)

END
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