1周年小説

□恋は曲者
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日本の中心、東京には、池袋という都市がある。
副都心のひとつとして栄えるこの地には、首なしライダーという現代に似つかわしくない噂があり。
そして、今池袋で走り回るバーテン服の彼も、現代に似つかわしくない、二次元から抜け出てきたような人間だった。


「臨也くんよぉ…そんなに俺に殴られてぇのか、あ゛あ?」

「やだなシズちゃん、ろくに殴れやしないくせに。うわ言も大概にしなよ」

目の前の臨也の台詞に、静雄の苛立ちは更に募る。沸点は疾うに超えた苛立ちは、静雄の拳を震わせてその手の内の道路標識をぐにゃりと変形させた。
静雄は相手に恐怖心を抱かせる笑みをその顔に浮かべると、ゆっくりと臨也へ歩を進める。臨也も、それに合わせてじわじわと後退った。

「俺は喧嘩がしたくねぇのに、いつもいつもいつもいつも俺に暴力を使わせやがって…」

「だったら人間になりなよ、怪物」

ぶちん。

「手前ぇええええ!!」

こうして、二人の喧嘩は始まる。
喧嘩は30分に渡り、臨也に撒かれた頃には引っこ抜いた標識はぐにゃぐにゃに変形していた。
荒く息を吐きながら曲がりくねった標識をアスファルトに置いた静雄は、溜め息と共に、今日もまた肩を落とした。
静雄としては、臨也と喧嘩などしたくない。普通に会話できたら良いとすら思う。

――静雄は、臨也が好きだから。
けれど、暴言の達者な口は、色恋となるとてんで駄目になる。
言いたいことなどまともに言えない。したいことなど恥ずかしくて出来ない。こんなのでは、キスやら抱き合うやら以前に、付き合うことすらできない。

…いや、でも、俺なんかに好きだと言われて、臨也が受け入れてくれるはずが無いじゃないか――。
硬派な自分を励ますために心の中で呟いた言葉は、小さな希望を抱く小心者の自分を更に押し込めた。



そんな、いつもと変わらない日々。
静雄は次の日も、上司と一緒に集金に回っていた。
…そして、やっぱり。

「静雄?……あー…」

唐突に足を止めた静雄と、その視線の先を見た田中トムは、呆れた笑みを浮かべた。
こうなると止められないのが静雄だ。その理由は深追いしてみたことはないけれど、大方彼に恨みがあるからというだけでは無いように思える。
静雄の視線に気がついたらしい臨也は一瞬目を見開き、それから顔をしかめると踵を返して逃げるように走り出した。
勿論、静雄がそれを追いかけないわけがなく。

「トムさん、ちょっと待っててもらえますか」

「ああ、30分したら先行くからな」

そう返した瞬間、静雄はペコリとトムに頭を下げて勢いよく走り出した。
そのわりに人にぶつからないのは、都会人が人を避けて歩くのが得意だとかそういうことというよりは、他人にぶつかれば怪我をするのは自分じゃない、という静雄の無意識からなのだろう。
そんな本当は優しい静雄の背を見送り、トムは近くのコンビニへ向かって歩き出す。
とりあえず、俺が分かるのは。
臨也も静雄も、案外仲は悪くないということだ。

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