1周年小説

□一炊の夢
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その日も、臨也はいつものように池袋に足を運んでいた。
目的は、人間観察、仕事、
…ついでに、静雄との遭遇。
喧嘩でも構わない。それしか交われる方法がないなら、それで充分だ。それ以上を願ってもどうしようもない。羨むのも愚かしいのに。

仕事も終わり、人間観察を兼ねて街をゆっくり歩んでいた時だ。
金色が、人並みから僅かに抜き出て、歩みに合わせてゆらゆらと揺れていた。
金色は臨也の存在に気づいたようで、人波を掻き分けるスピードが上がったかと思えばすぐに視線が重なる距離に来る。
ああ、いつもと変わらない。手を差し出されなければ、抱きつかれもしないいつものシズちゃん。
――しかし、今日は違った。

「…よ、」

静雄がひらりと手を振ったように見えた。幻覚かと思ったが――どうやら、そうではない。
呆気にとられる臨也に、訝しげな顔をしながら歩んできた静雄は、なんだよ、と低く唸る。
それは此方の台詞だろう、と言ってやりたくもなったが、それを逆撫でるような笑みを浮かべて静雄へ問いかけた。

「珍しいね。シズちゃんがそういう風に怒らずに俺に絡むなんて」

「喧嘩の気分じゃないんだよ。それとも、そんなに喧嘩したいのか?」

「やだな、俺がシズちゃんとの喧嘩なんか好むわけないだろ」

はは、と笑ってひらひらと手を揺らせば、静雄は眉間に皺を寄せる。
しかし、それ以上に顔がしかめられることはなく。

「な、臨也」

「なに?」

「ちょっとその辺、歩かねぇか?」



「それにしても、他人から見たらすごい組み合わせなんだろうね」

「だろうな」

静雄の言葉を受け入れた臨也は、静雄を連れて行き付けの喫茶店に来た。
臨也はコーヒー。静雄はクリームソーダ。そういえば、シズちゃんは苦いものが苦手だったかと思ったけれど、わざわざそれを詰って今の瞬間を潰す理由などなく。
むしろ、嬉しかった。喧嘩しか交流の方法がないと思っていたのに、こうして飲み物を片手にゆっくりと会話することが出来るなんて。
勿論、あの夢と比べれば小さなことかもしれない。けれど、これが夢でないならば、手を繋ぐより夢よりも、抱き合う夢よりも、幾分と幸せで。


「――そういえば、臨也、好きな奴はいるのか?」


唐突に、静雄がそう問いかけてきた。
どきり、と胸が高鳴る。あまりの脈絡の無さに、何なの突然、と尋ねるも、いるのかいないのか、と静雄は臨也をじっと見据えた。
…もし、好きな人がいると言ったら?それがシズちゃんだと知れてしまったら?気持ち悪がられたら?撥ね付けられたら?
この何気ない幸せも、捨てなければならないのか?

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