1周年小説

□春は枝頭に在って已に十分
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「酷いな、波江さんは」

カラカラと笑いながら、臨也はキーボードから手を離して椅子にもたれ掛かる。キイ、と高い音が虚空に紛れた。
確かにそれは考えのひとつとして受け入れないこともないが、同じように臨也には臨也なりの思惑もあるのだ。

「良いんだよ。俺が人間を好きなだけで、愛し返されることなんて求めてないんだから。
波江さんだってそうだろ?大事な大事な誠二くんに愛し返されることだけを望んで愛してるの?」

「――私の場合は1か0。貴方は1億か0よ。一億に振り撒けるなんて安い愛情ね。だから皆貴方を嫌うのよ」

「なかなか酷いなぁ、波江さんは!もしかしたら遠い遠いどっかにいるかもしれないでしょ、俺を愛してくれる人も。
…まぁ、波江さんのブラコンを越した愛情には勝ちたくもないけどねぇ」

はは、と笑って、天井を仰ぎ見た。
視界の端に映る窓の向こう側は、既に夜の帳が降りており、どうにか視認できる程度の星が数個散らばっているだけだ。他は全て、ビルの明るさと大気の汚れに掻き消されているのだろう。
自分もそろそろ仕事を終えようか、と視線をパソコンへ戻そうとした時。

視界に黒がさらりと流れた。それは直ぐに見慣れた顔に変わる。

「波江さん?どうしたの」

いつの間にか、波江は目の前に立っていた。立ち上がっている状態の彼女の方が、座っている臨也より幾分高い。
相も変わらず無表情な瞳が臨也をじっと見下ろして、白い肌に影を落としている。
波江は、何時もと何一つ変わらぬ様子で口を開いた。


「私が愛してあげてもいいわよ」


「…は?」

思わずきょとんとすれば、波江の頬に大人びた笑みが浮かぶ。

「馬鹿っぽい顔ね」

「直ぐに馬鹿って言う。
…それより、何のつもり?給料足りないとか言うの?」

全く動揺していないかと言われれば、そうではない。少なからず、呑み込めない状況に臆している。
臨也の足の隙間に割り込んだすらりとした足が椅子に片膝をついた。密着した身体へ、女らしい柔らかな感触が触れる。

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