1周年小説

□春は枝頭に在って已に十分
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「貴方ってとことん虚しいわよね」

いつもの仕事中。
そろそろ終わりにしようか――そんなことを思っていた臨也の耳に、書類を整理しながらの波江の声が届いた。
パソコン画面から目を逸らして波江を見た臨也は、ことりと首を傾げる。

「虚しいって、何が?」

「自分で自覚が無い辺りも虚しいわよ」

普段と至って変わらず無表情で言う波江に、臨也は素直に眉間に皺を寄せた。
理由も知らないまま、こんな身近な人間に虚しい奴扱いされるのは癪にさわる。

「好き勝手言うのは自由だけどさ、仮にも上司の俺を虚しい奴、って酷くない?第一、その虚しい奴の部下してる波江さんも虚しい奴になるよ?」

「意味が分からないわ」

嫌味たっぷりに言ったに関わらず、波江は臨也を鼻で笑った。睨みをきかすも、まるで静雄並の図太さなのか全く動じた様子もない。

ああ、嫌いな奴を思い出してしまった。本当に鬱陶しい。
パソコン画面に向かい直した臨也は、未だに苛立ちの拭えない顔のまま再びキーボードをカタカタと打ち始めた。
生意気な部下だ。勿論人間である限り嫌いではないが、扱いにくいことは確かに多々ある。
そんなことを思っていれば、書類整理を終えたらしい波江が机上に置いてあるファイルを取りに此方まで来た。

「お疲れ様。片付けたら帰っていいよ」

「拗ねてるのかしら?子供さながらじゃない」

「違うに決まってるだろ」

そう言って唇を尖らせれば、やっぱり子供じゃないの、と呟いた波江がファイルを仕舞いに歩きながら口を開いた。


「貴方は何のために人が好きなんて言ってるのかしら?」


何のために?
臨也はぱちりと瞬きをひとつして、その言葉をせせら笑う。

「人が好きだからだよ。惨めで酷くて馬鹿らしくて脆い人間が好きだからさ」

「…ほら、虚しいじゃない」

勿論、それが虚しいこととは思わない臨也は、何が、と心底不思議そうに返す。
可哀想なものを見るような色を一瞬滲まされたものの、波江はファイルを仕舞って此方へ戻りながら静かに言う。

「それなら貴方は、その愛している人間の何人から本当の意味で愛し返されてるのかしら?
日本だけでも1億以上の人間がいるのに、愛し返してくれる人がいないなんて虚しいこと他ならないじゃない。貴方みたいな最低な人間を愛せるなんて物好き、そうそう居ないわ」

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