1周年小説

□解語の花
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「何考えてるの?シズちゃん」

隣からかけられた声に、静雄は不意に現実に引き戻されて、ああ、と答えた。
晴れ渡った昼下がりの屋上。先生の監視もない自習。こんな日は授業をサボるに限るというもの。
臨也は、静雄の言葉の続きを待つように下から此方を覗き込んでくる。爽やかな風が、日に照らされて温まっている身体を優しく撫でた。

「何でもない」

「…何でもないこと無いだろ」

不貞腐れてそう言った臨也の頭を無造作に撫でれば、照れたように頬が赤らむ。

…そう、あの日もこんな日だった。
晴れた空。身体を火照らせる温度に喧嘩、そして涼やかな風。
誤魔化すように静雄の手を叩いてそっぽを向いた臨也のその痩身をちらりと見やり、それから瞼を閉ざした。


***

奴の顔は綺麗だ。
そう気がついたのは、つい先日のこと。


あいつ、寝てやがる…
授業中、ふと臨也へ目が行った。
どうしてわざわざ嫌な奴の方へ目が行ったのだか。そう思えど、見てしまったのなら仕方がない。第一、隣の席というのが悪いのだ。
テスト前の数学の授業。他の生徒は必死になってテストの重要問題を聞き取っていると言うのに、馬鹿にしているのか。
勿論、静雄もその必死に聞き取る方の一人だ。だから余計にムカつく。臨也は聞いてなくとも結局高得点を取るのだから。
叩き起こしてやりたい衝動に駆られながら、それでも先生の声に耳を傾けた。

一旦話が逸れ、生徒間は僅かな手の休憩時間となる。
静雄もペンを置いて、まだ寝ている臨也を睨み見た。
本当にむかつく奴だ。こっちは疲れていると言うのに、ぐっすり寝やがって。
そんなことを思いながら臨也の気持ち良さそうな顔をじっと見た。

…綺麗だ、と思ってしまったのは不覚。

不意に高鳴り出した胸は、勿論誰に気づかれるわけでもない。
いつもは喧嘩ばかりしているため、まじまじとその顔を見たことは無かった。確かに、今までも臨也は綺麗の部類に入るだろうとは思っていたけれど。
体温が上がっているのか、僅かに頬が赤い。さらりとした濡羽色の髪が白い肌を際立たせて、優しく閉ざした瞼から伸びる長めの睫毛が時々震える。きっと、その黒もまた紅い瞳を際立たせるのだ。
好青年。その一言で片付けるのは憚られるような、眉目秀麗な顔立ち。

気がつけば先生の声が響いていて、聞き逃したところが出題されたら手前のせいだ、と殴ってやりたい気分になりながら急いで板書を写した。



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