1周年小説

□温故知新
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「ねぇ、正臣くん」

「はい?」

不意に呼ばれ、正臣は臨也の顔を見上げる。赤い瞳には、明るい髪色の下の何処か冷めた自分の顔が映っていた。
勿論それを視認している臨也だが、全くと言って良いほど顔色を変えない。

「セックスしようか」

唐突なその申し出に、正臣はあからさまに顔をしかめた。
臨也は、肯定も否定もしないまま正臣をカラカラと笑う。
真偽すら疑う笑顔を浮かべたまま、臨也は悠々と口を開いた。

「正臣くんは、俺には昔からそんな接し方だよね、俺に対しては、言葉にしなくても何でも顔に出すって言うか」

今も凄い顔してるよ、と言いながら歪んだ頬を撫でられ、背骨の奥がざわりと妙な感覚を起こす。

「まぁでも、そんな人間らしいところが好きだよ。それに、相手の本質を見抜いて好き嫌いを見定めているところも、俺の好みかな」

だから俺が嫌いなんでしょ、と当たり前のように尋ねられ、正臣は図星になりながらも低く唇を開いた。

「何がしたいんすか。――あの時のお返しが欲しいなら、何もセックスとか持ち出す必要ないですよ」

金なら、時間かければ返せます。そう続ければ、臨也は、やっぱり変わってないね、と笑う。
煩わしい態度に、無意識に眉間に皺が寄ってしまって仕方がない。

「返せない返事をはぐらかすところも嫌いじゃないよ。
でも別にそんなことのために言ったんじゃない。俺個人としても楽しませてもらったからね。今更恩賞なんか求めないさ」

それからも、臨也は正臣の過去を抉る。
痛みも、虚しさも、抱いた優越も、愛しさも、壊れたものも、全部、全部。隠すように蓋をする物すらも壊して、抉る。
正臣は近距離のまま、嫌でも耳に入ってくるその声を聞くしかなかった。

「あの頃の正臣くんは、本当に子供だったねぇ。中学生の餓鬼がカラーギャングなんか作ってたのは、凄いと思うけど。
まぁでも、優勢が続いただけで勝ち誇った気になるところは、本当に幼かった」

「……」

そんなことは、自分でも分かっている。あまりにも幼稚だった。
あの頃の自分が、勝ちよりも色んな意味での保守を選んでいたならば、今こうして饒舌な情報屋と近距離で話すことも、胸を痛めることも無かっただろう。
視線を逸らして黙りこくる正臣を、臨也は楽しげに見詰めた。ただ、楽しげに。


「なら、正臣くんは――その過去から、何を学んだ?」


唐突な問い掛けに、正臣は瞬きも出来ぬまま目を見開いた。
臨也は微笑みを造り上げたまま正臣を見詰める。まるで全てを読んでいるような瞳は、ただひたすらに深い赤を湛え、正臣を吸い込んだ。

「保守?人間不信?大切な彼女を傷付けてまで学んだことが、逃げることだけ?」

ずきり、ずきり。癒えない傷が、ナイフでの切っ先で容赦なく抉られていく。
聞きたくない。ひたすらに追いかけてくる過去は、いつまで経っても正臣を苛み続ける。


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