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□切愛和音
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チャイムの音に気がつき玄関に出れば、全くの無傷の静雄が立っていた。
怪我の手当てではないとすれば――その真剣な顔に、思い当たることなど一つしか無く。
まぁ確かに、副作用でふらついたままの臨也を追い出したのは自分なのだから自業自得だろう。

「…臨也のことかい?」

新羅の声に、静雄の眉はひそめられた。
そんな彼の気を逆撫でるであろう声音を発しながら、新羅は飽くまでも爽やかな笑みを浮かべる。

「静雄が臨也を好きなことは知ってるよ。でも、俺も臨也が好きなんだよ。知ってた?」

静雄の目が見開かれた。その瞳をじっと見据えて、新羅はひたすらに口を開く。

「でも、何の感情も抱いていないふりのままなんて、そんなの俺には出来ない。一瞬くらい、俺のものになってもらっても良いだろ?」

新羅が言えば、静雄の顔は険しくしかめられる。
様々な感情が渦を巻いているのだろう、新羅にも分かるくらいに複雑な感情を表情に浮かべた静雄は、それから苦しげに唇を震わせた。

「運び屋は、どうなるんだよ…!」

「セルティは勿論愛してるさ。愛す根本が違う。それだけの話だよ」

静雄は半ば信じられない思いのまま、新羅を凝視した。
勿論、新羅の真意など分かりえないし、静雄が干渉すべきことではないのも分かっている。
…でも、臨也があまりにも悲惨ではないだろうか?
一人の私情のために、そんな風にぞんざいに扱われるなど。

「そんなの、手前の都合だろ…!」

今怒りを爆発させれば、きっと会話にならなくなる。それを自覚しているから容易に感情を剥き出しにすることが出来ない。
今にも暴れだしそうな腕を戒めるように掌に爪痕がつくほどに拳を握り締めて言えば、新羅は明るく笑った。
まるで、それが当然だとでも言うように。


「じゃあ、静雄が臨也に告白しなよ。
もし臨也が君を喧嘩相手としか見ていなかったときは、保証しないけどね」



かちゃ、と扉の開く音がして、首のない黒い影が姿を現した。手に持ったPDAを片手でぱたぱたと打ちながら歩いてくると、おはよう、という文面を静雄に見せる。
黒い影、セルティは、それから同居人の新羅へ新たに打ち込んだ文面を見せ、人間臭く首を傾げた。

『どうしたんだ?こんな朝早くから。もう臨也と鉢合わせて喧嘩でもしたのか?』

「違うよ。ちょっと用があっただけさ。
ごめんね、帰ってきたばかりで疲れてるのに気を遣わせたかい?」

『いや、別に話し声が聞こえたから覗きに来ただけだ』

そう打ち込んだセルティに、僕の声を聞き付けて来てくれるなんて、と新羅はいつものように幸せそうな顔をする。
何馬鹿なことを、と呆れたように肩を落としたセルティに、じゃあお邪魔したな、と小さく言って、静雄はこの場を去った。


臨也が悲惨だなんて、俺が言えたことだろうか?
…そう、俺と臨也にとって、喧嘩は日常茶飯事。声に出して愛を紡ぐことの出来ない自分は、その裏返しに彼に拳を向ける。
それでは、新羅とさして変わり無いではないか。ただ腕力によるものか薬品によるものかが違うだけで。
…でも、これではセルティが、彼女があまりにも可哀想ではないだろうか。

――だったら、俺に何が出来ると言うのだ。
新羅のたったあれだけの言葉に怯えてしまった自分に、何が。

感情とは裏腹に、穏やかな音を立てて地に付く足すらも煩わしい。
踏み鳴らせども何が変わることもなく、況してや地団駄を踏んだからと何が良くなることでもない。
強く踏みつけた小石は地面に擦れて、じゃり、と酷く耳障りな音を残した。




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