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□白昼夢の言葉を厭う
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「――この前シズちゃんが、愛してるって、言ってた」


…その言葉を言い終わるや否や、静雄は突然振り返った。シャツから手を離しそびれた臨也は一瞬ふらつくも、静雄の肩に手を添えることでどうにか転倒は免れる。
静雄は臨也の顔を凝視するだけで、肯定をしなければ否定もしない。
…でも、記憶に引っ掛かるものがあるに違いはないのだろう。

「…本当に?」

「は!?手前、出任せで――」

「違う、聞いた気がしたから…っ」

静雄は信じられないと言いたげな顔で臨也を見て、それから顔を逸らした。
それに入れ代わるように沈黙が腰を据える。その沈黙に不安と期待にも似た感情が煽られ、心拍は収まるどころか激しくなっている気すらした。
それを誤魔化すように俯き、落ち着けるように小さな深呼吸を繰り返した時だった。


「出てけよ」


あまりにも突然の言葉に、臨也は硬直した。俯かせていた顔をばっと上げるも、静雄は臨也から逃れるように顔を背ける。
――その顔は、何処か苦しげで、寂しげで。

今まで閉じ込めてきたくせに。喧嘩なんかそっちのけた行為も、幾度となく重ねてきたくせに。
今、出ていけ、と。
少なくとも、これは望んでいたことだ。彼の弱味にあたる言葉を見つけたに違いないのだろうから。
このまま、清々したよ、と、やっと解放する気になったんだね、と一言罵ってでも出ていくべきなのだ。帰る場所ならある。
…でも。


「嫌だね」

臨也の言葉に、静雄は一瞬耳を疑った。
静雄も、素直に、若しくは何か罵倒でもして去っていくのだろうと思っていた。
予想外の言葉に固まる静雄を、臨也は戸惑いながらも見詰める。

「今までの性交とか、殴るのとか、そんな理由で俺は耐えてさせられてきたんだろ。なのに知られたら追い出すなんて逃げ腰、シズちゃんらしくないね。気持ち悪い。甚だしいにも程があるよ」

「ッ、手前…!」

思わず臨也を見やった静雄。その目に映ったのは、言葉に対してやけに真剣な眼差しの臨也だった。…でも、僅かにその瞳には憂いも含まれていて。
押し黙ってしまった静雄を、臨也は瞬きも出来ないまま見上げる。
俺の意思を無視して、散々痛め付けられて。身体も痛い。…でもそれ以上に胸が痛いんだよ。

「…このまま帰されるなんて、許せない」

許せない。許したくない。
…だから、今から俺に従ってよ。今まで痛みを与えられてきた分、それを癒すくらいのことはしてよ。

「だから」

今までのことは許せないけれど。
今更、突き放されるのはもっと許さない。
だから、今までの行為に理由を頂戴。
分からないままに身体だけ交えてきた、地獄のようだった冷たい記憶に、理由を。


「だから、言えよ。愛してるって。」



それだけでこの手首の痣にすら、愛しさを見つけられるような気がするから。





END
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