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□噛み跡に愛を。
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「…臨也、その跡」

旧友である門田に不意に言われた言葉に、臨也は思わず首筋を掌で隠した。
その場所には、一昨日彼との情事の最中興奮によって付けられた噛み跡が、うっすらと残っていたから。


臨也は、静雄と付き合ってる。それももう、随分と前からだ。
…今や、形だけとなってしまったのだけれど。

俺は、彼が好き。愛している。依存、と言うに相応しいほどに。
…しかし、彼は俺に興味がない。身体だけなのだ。性欲を満たすためだけの相手。
分かっている。それはお互いに承知の上の関係だから。
それが寂しくないか?虚しくないか?尋ねられれば、俺は返す言葉が無い。
…でも、どうしようもないじゃないか。好きで好きで堪らないけれど、しつこくすれば突き放されるかもしれない。愛していると囁いても、望む返事は返ってくることなどない。
けれど、離れたときの虚無は怖くて。独り取り残されるのではないか、と思えば涙が零れて。
彼に愛されている――そんな錯覚のために、いくら身体を痛め付けても彼の傍から離れられないまま。
仕方ないじゃないか。セックスの度に、彼は心配をしてくれるのだ。中途半端に優しいから。だから、離れられない。


そして、一昨日噛まれ、ごめんと謝られたこの傷跡。
思わず顔を歪ませて視線を逸らし、大丈夫だよ、と返すも、門田は心配そうな色を滲ませたまま臨也を見た。

「…まだ静雄と付き合ってるのか?」

「そうだけど…」

どきどきと激しく胸を叩く鼓動が、頭痛を引き連れてくる。
空気が嫌に重たくて、臨也は拭い去るように首を小さく振った。
門田は、そんな臨也を痛々しげな瞳で見つめると、小さく息を吐く。

「まだ…両想いなんだよな?」

ぐ、と喉元で息が詰まった。それを飲み込んで、取り繕った笑みと共に慣れた嘘を吐く。

「そうだよ、ドタチンに心配されなくても大丈夫だから」

「…なら、いいんだが」

未だに心配そうな表情を崩さないまま、門田は笑みを作ると臨也の頭をくしゃりと撫でた。
どきん、と胸が高鳴った。痛みを訴える胸にその手は優しすぎて、辛すぎて、じわ、と視界が滲む。
悟られないように瞬きをひとつすれば、門田は優しい声で言うのだ。

「辛かったら相談に乗るからよ。傍にいてやるから、何でも言え。」

ずきん、と胸が痛みを訴えた。ナイフの刃を刺されたような痛み。
一瞬にして視界は全てが霞んで、涙が零れるのを防ごうと瞼を閉ざせば、先に許容を超えた涙が頬を滑り落ちた。

辛い。辛いよ。
泣かないようにしていたのに、優しくされれば泣いてしまうじゃないか。
傍にいてやる、なんて。そんな風に、俺が欲しかった言葉を。

肩を震わせだした臨也を、門田は優しく抱き締めた。静雄に抱き締められた記憶が過って、それが余計に胸を締め付ける。
優しい体温。広い背中。でも、そこに愛情は込められていない。

本当は、静雄に抱き締めて欲しかった。
静雄に、傍にいる、と言って欲しかった。

――でも、叶わないのだ。
どんなに努力しても、どんなに望んでも。

「…臨也。寂しいなら、俺がいてやるから、だからそれ以上自分を傷付けるな。…俺が辛いから」

囁かれた言葉は傷だらけの胸に染みて、足掻く自分の足元を溶かしていく。
その優しさに沈むことしか出来ないまま、臨也は瞼を閉ざした。



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