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□言葉の代わりに口付けを
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「…別に、シズちゃんのこと、
――好きじゃなくないし…」


消え入るように小さな声だった。
静雄からは返事はなく、俯いたままちらりと上目に見やれば、驚嘆した表情のまま固まっていて。
何か言ってほしい。断るなら、直ぐに一蹴してほしい。じゃないと、途中で逃げてしまいそうだから。
暫くして…時間にすれば、ほんの十数秒だったのかもしれない。

「それなら、」

腰を据えようとしていた沈黙を破ったのは、静雄だった。
その言葉に頭を上げれば、目の前の静雄は臨也をじっと見ていて、勝手に顔が熱くなる。
静雄は笑った。綺麗に、不敵に。


「俺が手前にキスしたことも、知らねぇだろ」


はぁ、とまるで記憶にないそれに驚きの声が零れそうになる。
…しかし、その唇は静雄に奪われた。

ほんの、触れるだけの口付け。
それなのに、その一瞬に鼓動は信じられない程に跳ね上がり、身体に響いて、耳まで届いた。

「…なに、いまの……」

「手前は俺が好きなんだろ?手前が回りくどいこと言うから、よ…」

静雄の頬が、見る間に赤くなっていく。恥ずかしくなるくらいなら、突然こんなことしなければ良いのに。
――まぁ、でも、悪くない。

「シズちゃんも、言ってよ」

「っ、は!?」

今までずっと静雄の左手にあった看板が、がうん、と低い音を立てて地面に落下した。
キスしたくせに、と呟けば、それとこれとは別だ、と唸られる。
言葉にする方がよっぽど行動に移すより楽ではないか、と一瞬思うが、静雄は口下手だ。行動に移す方が楽で、それが彼らしいのかもしれない。
…でも、言葉が欲しいと思ってしまうのは我が侭だろうか?

不意に、目の前でまごついていた静雄は臨也の耳元に唇を寄せた。ふわり、と優しい温度が耳を擽り、驚いていれば。


「…好きだ」


囁かれた声は、恥じらいを孕んで臨也を耳から溶かす。
真剣な顔に、ああ、好きなのだ、と再認識させられる。

夢じゃないんだよね?
酒に溺れてしまうような記憶ではないんだよね?
…信じてもいい?

照れて赤い頬。それはきっと、暑さのせいではなければ、沈みかけの太陽のせいでもない。
口下手な静雄の愛の言葉の代わりに。
臨也は、拙く踵を浮かせた。






END
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