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□言葉の代わりに口付けを
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臨也は立ち止まると、踵を返した。向き合った途端に静雄は焦ったように足を止める。
それすらも苛立って、臨也は静雄を睨むと感情のままに声を荒げた。
「いい加減にしろよ!何考えてるかなんて俺にはこれっぽっちも関係無いけどさぁ、そんな半端な喧嘩しか出来ないなら追いかけないでくれるかな!?」
すると、静雄の顔がかっと赤くなる。何を言われるかと思い黙ってやれば、静雄は顔を赤らめたまま口を開いた。
「手前のせいだろうが!!」
「はぁ?勝手に人のせいにしないでくれない?」
手を出さないままで口喧嘩をするのも珍しい。臨也としてはありがたいところもあるのだが――
「好きだとか勝手に言っておいて何様だ手前は!!」
「……は?」
思わず臨也は固まった。
彼の言うことに思い当たる節など――
いや、ある。二日酔いに鈍く痛む頭にふと流れた、信じられない言葉。
『シズちゃん好きぃ』
――確かに、自分は静雄が好きだ。恋愛感情として、愛している。
…しかし、酒の勢いでそんな失言をするなど、馬鹿げているにも程があるのではないだろうか。
絶対に気持ち悪がられると思っていたから、だから一生言わないように、そう思っていたのに。
「手前が忘れていようがなんだろうが、俺は間違いなく聞いたんだよ。手前にとっては酒の勢いで言ってそのまま忘れちまえるようなことでも、俺には一大事だったんだよ、知らねぇだろ!?」
馬鹿にしてぇならしやがれ、と唸るように言われ、臨也は固まった。
何か言わなければ。でも、何を?
「知、るわけない、だろ…!」
まさか、事実だとは思っても見なかったから。
霞がかった記憶が事実だと分かれば、それが幾ら曖昧であろうとじわじわと恥ずかしさが襲ってくる。
静雄もそんな臨也に気が付いたのだろう。先刻まで険しかった表情を緩めて、臨也を見つめた。未だかつて、こんな風に見つめられたことがあっただろうか。
恥ずかしさが苛立ちに勝れば、その視線に耐えられなくなる。
場を紛らすように、臨也はポケットに入った彼の印とも言えるべくそれを出した。
「それ、俺の蝶ネクタイ…だよな」
そう、と小さく頷き腕を突き出せば、静雄は歩み寄りそれを受け取った。
「シズちゃんが家に来たんだろうとは思ったけど、何でか分かんないし、記憶が曖昧だったし…」
そうか、と静雄は呟いて手に持った蝶ネクタイを握り締めた。
ありがとよ、と小さく呟いた静雄の頬は優しい色をしており…
それでいて、今まで一言も拒絶の言葉を聞いてないのだ。
――ねぇ、期待しても、いい?
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