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□落下点
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「何考えてやがる!!」

「え、っ!?」

…こんなときに思い出したのが間違いだった。
投げられた既にひしゃげている標識に気がつきどうにか避けたものの、いつ持ち出したやら喫茶店の看板がもう片手に握られていた。
待って、と紡ぐも静雄がわざわざ待ってくれるはずもなく、矢継ぎ早に投げられた看板が足に直撃する。
体勢を崩した瞬間に身体を捕らえられ、壁に鈍い音を立てて押し付けられた。ナイフは路地の奥に滑っていってしまう。
掴まれ壁に押し付けられる手首が痛い。睨み付けるように静雄を見るも、彼の瞳は相も変わらず獣のような鋭さを宿している。

「…ッ、離してくれない?力しかないシズちゃんに握られると、手首千切れる」

「あぁ!?じゃあ手首より先にその減らず口が無くなるようにしてやるよ」

そう言った静雄の手は、臨也の首に伸びた。ひたり、と生温い体温が首に添えられ力が籠る。同時に呼吸が詰まり、か細い息と微かな呻きが喉から漏れた。

「…は…っ、ぐ…ぁ……」

苦しい。息ができない。静雄の手首を掴んで離そうにも、力で敵うはずもない。

――ふと過った。あの日の言葉。
場に堪えきれず塀を越えて逃げた臨也にかけられた、その声。

臨也は必死に呼吸を繰り返しながら、吐息のような声を漏らした。

「…シズ、ちゃ……ん」

その声を聞き、静雄の指が僅かに緩んだ。依然、呼吸は苦しいままだったけれど。


「…もし今、俺が死んだら、…シズちゃん、も、死んで…くれ、る?」


静雄の目が丸くなる。臨也は挑発するような微笑みを浮かべて、静雄を見やった。
言ったのは、シズちゃんだろ。そう言うように、静雄の首に指を添える。勿論、酸欠で震える指に力なんか入るはずもなかった。

「俺たち、…一緒に死んで、も、悔いない、仲だろ…?」

シズちゃん、だろ。だから俺は、それを自分なりに解釈するよ。
例えそれが、君が含むつもりも無かった意味だとしても。
…少しでも、君との距離を近づけたい。それが錯覚だとしても、落下してしまうまで、上ってみたい。上れば上るほど、落下点は遠くなる。その分だけ、落下したときの悲愴感は増す。
だけれど。


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