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□春色融解
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3月と言えば、桜の季節。
とは言っても、上旬ともなれば早咲きの桜が時たま開花しているくらいだ。
そして、3月は別れの季節。
今日、臨也が教諭として勤務する来神学園でも卒業式が行われた。
窓の外には暖かくなり始めた麗らかな風が、桜の蕾を揺らしている。
上の階にある3年生の教室ではクラス会をやっており、楽しげな声が保健室まで響いてくる。
その声を耳にしながら、臨也は小さく溜め息を吐いた。
卒業自体は気に入らなくは無いのだ。
卒業して進学や就職をするのは大人になることなのだから良いと思うし、めでたいと思う。勿論、祝福するべきことなのだから。
――でも、素直に喜べない自分がいた。
今頃、自分の恋人も教室で最後の別れを惜しんでいるのだろう。
仕方無いのだ。卒業は必ずしなければならないし、いつまでも傍に居て欲しいなどと思うことも愚かしい。
先生と生徒の恋など、卒業と共に終わることもおかしくない。
それまで毎日のように会っていた相手と会えなくなる――それは、言葉にするのは簡単でも実際に味わうのは幾分重要なことで。
卒業が切欠で心が離れていってしまっても仕方ないのかもしれない。
外の世界に足を踏み入れれば、今まで以上に世界が広がるわけだ。新しいものに沢山触れていれば、薄れていく感情など幾つも存在する。
…きっと、自分もその内の一つになる。
別れたくない。彼を、外の世界に行かせたくない。
ずっと、傍にいてほしい。俺しか見ないで欲しい。
なんて、我が侭――
「臨也」
突然響いた声に、臨也は跳ね上がった。
聞き慣れた声音。間違えようもない、聞き飽きるほどに耳に刻まれた優しいテノール。
振り返れば、やはり。
「シズちゃん、なんでこんなところにいるの?クラス会は?」
「抜けてきた」
「は?良いの、それ…」
呆れる臨也をよそに、静雄は保健室の扉を閉めると、空のベッドに腰を下ろした。
最後の感触を確かめるようにシーツを指で撫で、それからぽんぽんと叩き、臨也に隣に来るように催促する。
仕方なしに素直に隣に座ってやれば、静雄は満足そうに目を細めて笑った。
どきん、胸が切なく音を立てる。
「そうだ、卒業おめでとう」
「ん、ああ…どうも」
照れ臭そうに紡がれた声に微笑みながら、臨也はきゅうきゅうと苦しい胸の甘い痛みを味わった。
最後かもしれない。だから、押さえることも惜しくて。
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