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□かなしき人へ、
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「5月、か…」

静雄は、カレンダーの月をなぞりながら、ぽつんと呟いた。
臨也がいなくなってから、どれ程経った?…数えることすら苦痛、で。

愛しい。
居なくなってから気がつくなど、最低にもほどがある。
分からない、などと曖昧な返答をした挙げ句、戻ってきて欲しい、会いたい、と想いを燻らすなど。

諦めれば良いのに。
きっと、臨也はもう俺の事など何とも思っちゃいないだろうに。

はぁ、と溜め息を吐きながら、静雄は電車に身体を揺られていた。

“諦めれば良いのに。”
思う言葉に反して、未練がましく彼の跡を追って新宿へ来てしまう自身は酷く馬鹿馬鹿しい。
…でも、探してしまうのだ。喧嘩をしていたあの頃は気づけなかった想いのままに。
そして、伝えられなかった返事を伝えるために。


新宿へ着き、静雄は臨也の事務所のあるマンションまで歩いた。
遠巻きに見えた臨也の自宅。
…その部屋を閉ざすカーテンが仄かに明るいことに気がついた。

――まさか。まさか。

どきん、どきん、どきん、胸が酷く高鳴る。無意識に足が走り出し、緊張と疾走に上がる息も整わないまま、静雄は玄関へ着いた。

ひとつ深呼吸をし、静雄はドアノブに手をかける。捻れば、何の抵抗も無しにノブは回り、扉は微かにかちゃりと音を立てて開いた。

ゆっくり、明かりの付いた事務所へ足を踏み入れていく。耳を澄ますとがさがさと書類を弄るような音が聞こえた。
息が詰まる。酸素を吸っても吸っても、足りない気がする。
静雄は、音のする方へ足を進めた。

ファイルが並ぶ棚。
静雄は、激しく跳ねる鼓動を落ち着かせながら、音のする場所を見た。


「……何でいるのよ。」

静雄は、一気に身体の緊張が解けた。
面食らった気分になりながら、自分の期待の浅はかさに唇を噛み締める。
…そこには、臨也の部下にあたる女の姿があった。

「いや、ちょっと…」

期待した分落胆しながら、静雄は誤魔化すようにそう言って彼女から離れようと踵を返す。
…しかし、


「折原臨也を探しに来たの?」


鋭い言葉に、どきりとした。確かに、用もないであろう輩が来ていれば、その家主に会いに来たと考えるのが妥当だろう。
…誤魔化すことも出来ずに、静雄は頷いて見せる。
女は少し思案し、全くの無表情を崩さぬままに口を開いた。

「此処には居ないわよ」

…仕方ないだろう。臨也も、俺が此処へ来ているのを知っているのだから、会いたくなければ来ないのが当たり前だ。


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