five days in mirror
□たった一人の愛する人を。
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5月4日。
自分にとっても、そしてあちらの世界の自分達にとっても思い入れのある日。
温かな風を受けながら、二人は休戦がてら屋上にいた。
あの日からも、変わらず喧嘩している。
仕方ないか、とは思うが、戻ってきたあの時に抱き締めてくれた腕は、忘れようがない。
でも、きっとこの関係で充分なのだ。高望みすれば、辛くなるだけ。切なくなるだけ。
「あっちの世界の折原臨也はどうだった?」
唐突な問いかけに、静雄は訝しげな目で臨也を見やる。
どうだったの、と再び尋ねれば、静雄は瞬きを数度し、ぽつんと呟いた。
「――確かに喧嘩はしなかったし、苛立つことは少なかったけどよ…何て言うか…」
「何て言うか?」
先を促すように言えば、静雄は頭をがしがしと掻き、言葉を探しているようだった。
折角だから素直に待ってやろう、そう思えて静雄を見つめていれば、静雄は気まずそうに視線を逸らしながらもようやく口を開いた。
「何て言うかよ…手前じゃ無かった」
口ごもりながら紡がれたその言葉に、思わず笑みが零れた。
それを見た静雄の眉が顰められ、このままでは馬鹿にしたと思われることは必至で、臨也はすぐに口を開く。
「同じだな、って思っただけ!馬鹿になんかしてないって。
…それに、当たり前だろ。俺は一人しかいないんだから。あれも確かに俺だけど、この世界の俺じゃなかっただけ。」
シズちゃんも、俺にとってのシズちゃんじゃ無かったよ、と苦笑すれば、静雄はそうか、と呟いた。
再び沈黙が訪れ、臨也も何を話すでもなく黙る。静雄から話題提示をすることは殆ど無いため、いつ喧嘩を再開するんだろう、とぼんやりと考える。
…しかし、沈黙を破ったのは静雄だった。
「臨也」
「ん?――わ!?」
真隣の静雄から投げられた何かが、頭にコツンと当たる。
痛いな、と文句を溢しながらそれを拾えば、丸いフォルムにポップな包み紙。
去年も、同じ日に同じものを見た気がする。…否、見た。絶対に。
だって、これは…
「誕生日、だろ。手前。」
「…っ、そう、だけど…」
忘れられていなかった。覚えていてくれた。頬が勝手に緩んで、それを引き締めようと口を閉じる。
そんな臨也へ静雄は視線を向けることもなく、気付かれていないと安堵した時、風に消え入りそうな声が臨也の耳に届いた。
「それと。
――付き合えよ。」
どきん、と甘く胸が震えた。
確かに聞いた。一生聞くこともないと思っていた言葉を、今。
思わず静雄へ勢いよく視線を向ければ、今度は静雄も臨也を見やった。
「…嫌か?」
不安を滲ませたほんのりと赤い頬。その真剣な表情は、胸を擽る。
彼方の世界の自分たちと同じ運命を辿っている、それは気に食わないと言えば気に食わないが…
断る理由は、何一つ存在していない。
臨也は、温かくなった胸から溢れるままに、笑みを零した。
ふわり、とそよいだ風にのせられた声は、ひたすらに澄んで優しく響く。
これからは、二人の大切な日になるこの日を、忘れないように。
たった一粒の甘い飴玉から始まったこの恋心が、どうか来年も再来年もその先も、ずっと続くように。
5日間の鏡の中の非日常が、確かに教えてくれたのだから。
俺にとっての君は、たった一人しかいないのだと。
「シズちゃん、大好き」
俺が愛されたいのも、愛したいのも、君だけなんだ。
END